第172期 #3
何かの映画で何かの小動物が次々と群がっていく場面。あれを思い出した。ほとんどさびれた郊外の遊園地だ。普段は全然お客もいないだろうに、なんでまた今日に限ってこんなに人が多いのだろう。
もちろんそれには理由がある。CMを打っていたからだ。おれも無意識のうちにその情報をすりこまれていたのだろう。操られているとも知らずに、ふと、そうだ、遊園地にでも行ってみるのも面白いかもしれない、などと思って、のこのこと出掛けてきたのだ。
一人で来る時代遅れな遊園地。わびしさの中にも情緒があると、分かったようなことを思うためにやってきたのに、この混み具合はどうだろう。渋谷のスクランブル交差点か、中国の流れるプールか。手すりという手すりにびっしりと腰掛ける奇妙な生き物たち。そして迷子にならないように手を引いているこの子はすでに迷子。
「名前は?」
「まいこ」
七五三のようにしか見えないが、白塗りの首元は美しいと言えなくもない。こんな年端もいかない子が舞妓では何かの法律に引っかかるに違いない。いやそれどころではない。もうすでにして、こんな風体のおれが女の子の手を引いているこの状態がそれだけでよろしくない。トイレにだって行きたいが、尿を出したらおしまいだ。
どこに行けばいいだろう。とにかく人の少ない方に行きたかったのだが、ぶつかり、ひねられ、ねじまげられ、人ごみに流されて、やがて海に流れ着くよりなさそうだった。
すり鉢の底にベトリとたまった山芋みたいな人の群れ。コロシアムみたいな施設の真ん中あたりは人よけがしてあって、ステージなのか、リングなのか、土俵ではあるまいが、主役の登場を待つ舞台になって皆の注目を集めていた。
「わたしは行かねばなりません」
子供らしくない声色に驚いて振り向くと、その拍子に手を振りほどいて、まいこはワイヤーアクションみたいに宙へ飛び上がった。そしてそのまま前方のステージへ、スポットライトの中央へドローンみたいに飛んでいった。
大歓声が上がった。おれもつられて興奮してわけのわからない大声を出していた。いつかどこかで見たものが、いくつも寄せ集められて今のこの状況を作り出している。もしかしたらあの子は女子レスリングの金メダリストだったかもしれない。おれは立派に役目を果たした。
観覧車に布団を持ち込んで寝酒。見上げれば夜空の星。見下ろせば街の灯り。天をめぐる月の運行のように密やかに。