第172期 #12

妹の手前

 両親違いの妹が、出社してもおはようと言ってくれない会社を嫌になって辞めた。
 三十間近の成人にとやかく言うまい。片言。
「生活」
「貯金を切り崩して」
 私は妹の引っ越しを手伝って、終えて、知らない町並みを散歩した。坂を下り、赤れんが色の、古めかしい図書館を見つけて入った。統計と音楽。書架をすりぬけたその先に、まだ誰にもふれられていない本を見つけた。文学。まだ日の光をあてられない。手ずれもページの端の折れ曲がりもない。
 男性の指先が、若い植物の蔓を乱暴になぞる描写から始まるその小説を、私は借りなかった。その本を手に取ったのは、妹の荷物にもその背表紙があったからだった。
 死んだ父親の墓守役を私に投げ渡して、私の母親は妹の父親と再婚した。勝手な女。妹の父親は父親で、会社勤めを始めたばかりの妹と自分の妻の世話を打ち切った。そして年を取った夫婦は新しい人生を東南アジアで開始した。
 私の母親はセックスが好きだったから亡夫関連に費やす時間が惜しかったのだし、妹の父親こそ女を抱くことが趣味だったのだから近親相姦に興味がない以上は自分の娘のあそこなどクラゲ同然だし、長年の女は枯木なのだろう。
 妹は、自分の母親と暮らせば良かったが、生憎彼女の職場は東京で、彼女の母親は離婚とともに地方に消えた。それで東京に住む他人の私を、折折に頼るようになった。私にとって幸いだったのは、私の妻が浮気をした罰として撮影した妻のオナニー動画を妹が偶然見て、それ以来私は妹にとって人間としては軽蔑しているが経済その他でのみ利用価値がある存在になったことだ。例えば部屋の保証人になってやるとか。
「男狂いの母親を持った子供がどうして同じ類の女と寝るの」
 妻の自慰撮影経緯について説明した後、妹に問われた。それは、性格はどうあれ自分の母親に見向きもされなかったんだから、同類の女を捕まえて自分の物にして、家族を疑似的に遣り直すためだろう。所蔵している本が誰からも愛されず手に取られないのと同様、他人の現実は自分の現実とは違うのだから、言っても詮無い。

 妹から電話があり、辞職した会社に連絡を取って自分が職場で好かれていたか聞いてみるのはどうかと相談してきた。
「止めなさい」
 けれども妹は元勤務先に電話をした。
 結果を私に教えてくれた。
 こう。
「もう連絡をしないで」
 私はゆくゆく妹の経済が逼迫するだろう予測に鑑み、月の貯金を増やした。



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