第171期 #12
「じゃあお前のしたいことって結局何なのよ」
ゴミ箱野郎と陰で呼ぶ職場の先輩社員と二人で飲んでいた。この場合ゴミ箱野郎と呼ばれているのは先輩のほうではなく俺である。まあ俺だって直接そんな話を聞いたわけではないが、なんとなくそんな噂を聞いたことがあるような気がするし。こうやって差し向かいで飲んでいるとゴミ箱野郎と呼ばれている気がするのだ。
「……聞いているのか、ゴミ箱野郎」
「え?」
「お前にも闇があると思うんだよ俺は。だからそれを吐き出せよ。仕事ってのは結局人なの。やっぱりさ、自分が一番つれえな、って思ったときに助けてくれた人のことってのは忘れないんだよ」
「はい」
「お前がこの前請け負ってくれた案件、あれ、本当に感謝してる」
「ああ、あれ、あの件」
今ゴミ箱野郎って言ったよな。言ったか? なんとなくスーッとなってしまう。先輩はハイボールをあおってさらに続ける。
「とむそーや」
「は?」
「トムソーヤの話な。俺仕事って結局ああいうことなのかなって思う。トムソーヤ、おばさんにペンキ塗り押し付けられてさ、それを楽しそうにやっていると、周りも何かとても楽しいことやっているんじゃないかって勘違いして、仕事取り合うの。お前もさ、大変かもしれないけどやっぱり楽しんでやらないとさ、周りの共感って得られないんだと思うよ」
そこまで言うと先輩はハイボールのジョッキを空にする。俺はゴミ箱野郎として、ぽつねんとそこにたたずんでいる。先輩はスマホを弄りながらにやにや笑っている。え、それなんか、反則じゃないの?
「何飲む」
「あ。じゃあ、同じものを」
運ばれてきた酒を飲みながら、じゃあ俺のしたいことって結局なんなんだろうな、と考えてみる。
そのころ。 じじいは一日の務めを終えると、国産高級SUVに乗って自宅へと走っていた。ワイパーの音にラジオのニュースが絡まって夜を刻む。カーナビと速度表示のLEDに照らされて、じじいの顔に刻まれた皺が影を作る。革張りのシフトレバーを操るその手にも、同じく皺。
じじいは家に帰ると、ソファでテレビを見ている妻の脇を通り抜け、LINEから部下にメッセージを送った。今日はうつ病の社員が復帰してくる日なので、様子を見るため飲みに連れ出させたのだった。親指を立てたスタンプを送って、今日は寝ることにした。その前に、ゆっくり風呂に浸かって、今日の垢を洗い落とすのだ。