第170期 #5
欲しいものはなんだと問われ、子どもはチョコレートを所望した。白い髭にグレーの髪の老人が背負っている袋にはお菓子がいっぱい。老人は子どもの両手いっぱいにその袋の中身をざらざらとあけた。子どもは喜々としてその小袋をひとつずつ吟味する。けれども、そこに堆く積まれたたくさんのお菓子のなか、チョコレートだけが見つからない。
チョコレート味のビスケットでは駄目なのだ。チョコレートボンボンでも駄目。子どもが欲しいのはただひとつ。純粋なチョコレートでできあがった、真正なチョコレート。
いつもこうなんだ、と子どもは言って肩を落とす。ぼくの望みは叶わないわけじゃない。だけど、いつも少しずつ違うんだ。ぼくの欲しいものはこれじゃない。だけど、まったく違うとも言いきれないんだ。
まあ、そう悲観したものでもない、と老人は言う。諦めずに探すことだ。欲しいものは探せば見つかるものだ。見つからなかったとしても、それはきみのなかにあるのだよ。
そういうものはもう要らない、と子どもは言う。ぼくはもう飽きたんだ、と。
夜が終わり、太陽が昇る。真夏の日射しは暑くて厳しい。子どもの身体は徐々にその熱で溶けていく。頭の天辺から、少しずつ、少しずつ。
流れてくるそれを、子どもは舌をのばして受けとめた。それは、純粋なチョコレートでできあがった、真正なチョコレート。
ぼくはね、と子どもは言う。もうこういうのは飽きたんだ。ぼくが欲しいものはチョコレートで、それはぼく自身でできあがっているような、自己満足の代物ではないんだ。
子どもの身体はぐずぐずと溶けていく。伸ばした舌もだらりと流れ、子どもの形をなしていた形状も少しずつ崩れていき、やがて地面に粘性のある茶色の水たまりをつくった。
老人は背中の大きな袋のなかから柄杓をとりだし、とろりとした甘い匂いを放つ水たまりを掬っていく。
いつもこうなのだ。欲しいものはそこにあるのに、すぐにその形をなくしてしまう。けれどもそれはとても魅惑的で、手に入れたくて仕方がなくなるものなのだ。老人は柄杓にこびりついた液体を舌を伸ばして舐め、白い髭を茶色に染めて、笑った。