第170期 #15
私は小さなお菓子の箱に押し込まれ、砂場に埋められた。
しばらくは子どもたちの声が聞こえていたが、そのうち誰の声も聞こえなくなった。私は虫であるから、人間のように絶望することはなかったし、子どもを恨む気持ちもなかった。しかし箱の中でひたすらもがいたせいで疲れ果て、私はそのまま死んだように眠ってしまった。夢は見なかったと思う。
そして、目が覚めると私は暖かい布団の中にいた。
私は洗面台で歯をみがき、服を着替え、朝食を食べてランドセルを背負った。
放課後に砂場へ行き、小高くなった場所を掘り返すと小さな箱が出てきた。
自分で自分を助けるのは変な気分だったが、箱から虫を出してやると、そいつはしばらく箱の周りをうろうろしたあと、触覚をぴんと立てて草むらへ跳ねていった。
その後、私は人間として生きていった。
そして大人になったあるとき、親しくなった女性に、自分が昔虫であった話をした。私たちは夜の公園でベンチに座りながら、月を眺めていた。
「実はね、わたしにも秘密があるの」と彼女は言った。「わたしは、今から400年後の未来から来た人間なの。でも、時間の海で嵐に遭って、この時代に遭難してしまったの」
私は、静かに彼女の話を聞いた。
「あれからもう5年が過ぎたけど、仲間とは連絡が取れないし、未来へ帰る方法もわからない」
彼女の部屋へ行くと、ラグビーボールを一回り大きくしたような形の装置が置いてあった。彼女が操作するとラグビーボールのランプが点滅し、数秒後にフタが開いた。その中には一万円札が入っていたのだが、彼女は続けて操作し、免許証やパスポートを作ってみせた。
「お金は5年間暮らせる分しか作れない設定になっているの。際限なくお金を生み出してしまったら、その時代や未来に変な影響を与えてしまうかもしれないでしょ」
私と彼女は3年間同棲したが、未来の仲間が助けに現れたため、彼女はそのまま400年後の世界へと帰ってしまった。去り際に彼女は一通の封筒を差し出し、これから起こる未来のことを書いておいたから気が向いたら読んでねと私に言った。
彼女が去ってから数日過ぎたある朝、私は草むらの中で目を覚ました。後ろ脚で地面を跳ねながら草むらを抜けると、自分の家が見えてきた。窓から中を覗くと、手紙を読んでいる自分の姿が見えた。
うまく背後に回り込めば手紙を読めるかもしれないが、虫に未来は関係ないなと私は思った。