第169期 #1
墓の前で、私はいつの間にか泣いていた。
盆を過ぎた霊園には人影もなく、ただ遠くから掃除機をかけるような音が、バラバラに分解されて聞こえてくるだけだった。
落ち始めた木の葉を、管理人がブロアで吹いている。恐らくその音なんだと私はぼんやりと考えていた。
野球帽を反対に被り、腰からかけたボロボロの布で噴き出す汗を懸命に拭いながら、彼はこの広大な敷地に筋を描くように、恐ろしく大量の葉を掻き集めている。
何年か前に私はその光景を目にしたことがある。
その音がきっかけなのかはどうかは知らないが、私は涙を流していた。
去年の私は泣いていなかった。
一昨年の私はどうだったかは覚えていない。
それより前となると、果たして私はどうやって日々を生きていたのだろう?と、首を傾げてしまう。
哀しいとか、悔しいとか、寂しいとか。そういった感情に毒されない、純度の高い涙がこぼれていく。
地面に生えた芝にそれが落ちると、濃い緑色が変色して、より深い深淵の森のような色になった。
履いていたヒールを脱ぎ、裸足を芝の上に預けてみると、ひんやりとした奥から晩夏の地熱がしりしりとこみ上げてくるのが分かる。
その熱が私の落とした涙を空に運び、目には見えない雨を降らせている。
そしてそれが無数の墓に降り注いでいるのを想像する。
来年、私は泣いているだろうか?
それとも、二度とここには来ないだろうか?
私が死んだら、誰もこの墓の前で泣かないのだろうか?
いつの間にか、ブロアの音も聞こえなくなってしまった。蝉すらも、もう死に絶えている。
この世界で、私は本当に一人きりだ。