第168期 #2

逃避少女

ぼんやりと座っていた。
小鳥のさえずりが聞こえ始めた。

もう学校に行かないことにした。
これからは先生にも叱られないし、同級生にも馬鹿にされない。そんな日々を思うと、すこし心が軽くなった。

窓から射す朝日と共に熱いシャワーとを浴び、体を洗い流した。排水溝に吸い込まれていく液体をじっと眺めた。
8時になる。2階のベランダから学生たちの頭を盗み見る。大きな運動かばんと教科書かばんを振って、校門まで急ぎ足。いつもなら8時25分の着席を守る為、私も同じ様にカバンを振っているのに、制服に着替えていない。
今から着替えて走れば、まだ遅刻にはならないかな、と少し思った。
心がチリチリと不安になる。

教育テレビを見ながら、冷凍してあったトーストを焼いた。
朝読が終わり、一限目が始まる時間だ。
電話が鳴る。担任だと思う。呼吸を殺してやり過ごす。電話は間を空けて3回鳴ったが、全部知らんぷりをした。
私の机を想像した。いつもいるはずの場所に私がいない。
低学年向けの算数の番組がやっている。

冷蔵庫の匂いがうつったパンをなんとか牛乳で飲みくだし、すぐに席を立った。
担任教師が私を訪ねてくるかもしれないから急がないと。部屋も散らかったままで構わない。
水筒に甘い紅茶を入れて、目に付いたアーモンドのパックをリュックに詰めて、自転車で土手に向かう。

道すがら見るのは、銀行から出てくるおばあさん。
ローソンの前で菓子パンをかじるおじいさん。
子供の手を引いて歩くお母さん。
私の事件性とあまりに掛け離れた光景。
おまわりさんに見つからないかな。

自転車で30分程度の所にある、舗装がされていない土手には、いつも暇な人がより暇を求めにやって来る。
平日の昼間なんて、どれだけの暇人が訪れるのだろう。
長く続く道の上で、トンビがキュルリと鳴き、その眼下には太陽を反射しながら、川が静かに草むらを木々を抜けて流れていく。流れた先には入道雲が育っている。
草の香りをまとった風が体を包む。
私はあまりにも自由すぎて、とても空っぽな気持ちだったので一つ目標を決めたかった。

「海まであと130km」と書かれた看板を見つめる。
川とともに風とともに海まで行ってみようと決めた。今決めた。
学校にも行かないし、帰る家もないし、たった一人の父親も今朝死んだ。
リュックからアーモンドを取り出し、一粒嚙みしめる。
それはそれはあまりにも、景色に不釣り合いな香ばしさだった。



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