第165期 #3

ピアノマン

「もう昔の話だけどさ、少し話させてよ」


あ、君だよ、そうそう。そこのあんた。
そんなつまんない話じゃないし、聞いてくれよ。
俺はさ、どうやら記憶がなくしてたらしいんだ。
あ、記憶喪失ってやつさ。

やっと最近やっとまともに会話ができるようなったんだ。
なんでかって?そりゃ記憶なくしたら言葉だって忘れるだろ。
目覚ましたら、どっかの海にいたんだよ。え?ああ、上下黒スーツにネクタイだよ。それで海岸に打ち上げられてたんだ。おかしな話だろ?
まぁ、そして目覚ましたら知らねぇおっさんがさ、なんか、言ってんだよ。でも分からんからさ、困ってたんだ。
なんでもいいから覚えてたこと伝えようして、なんか書くもん貸してもらってさ、頭に浮かんだもの全部書き込んだんだ。
なんだっけな?あ、思い出した。
そんなかにさ、ピアノって奴があったんだ。
あ、楽器のよ。ほら、そこにあるやつ。
そいつだけは覚えてたんだ。
思うに俺は、ピアニストかなんかだったと思うんだ。
いや、ピアノ書いたときに、自然と頭んなかにメロディが流れたんだ。
それほどやるなんて、多分ピアニストとかぐらいだろ?だからさ。

弾けば弾くほどなんか思い出せそうだったから弾いたよ。
地元のテレビ局とかの前で弾いたこともあったな。
まぁ、だからといって思い出せたかと言われれば、そんなわけでもないんだかな。

不幸かって?
まさか、足りないから不幸とは限らねぇだろ?
むしろ再発見の日々さ、楽しめるもんだよ。

ああ、だから今の俺の記憶は海岸の景色からさ、そう、知らねぇおっさんになんか言われてるところからはじまってんだ。
哀れかい?そうか、そうか。
まぁそういう感情なんだな。わかるぜ。

ああ、父も母も兄弟だってもう覚えてねぇよ。
あ、でも新しい友達はいるぜ。
そりゃピアノだけは覚えてるんだ。
弾けばさ、まぁ話のタネにはなるだろ?

以外とあれだな、愛情とかも忘れちまったほうが、より感情込めて弾けんな。
よく言うだろ?なくなって初めて気づくって。
そんな感じさ。


弾けばさ、忘れちまった感情をまた作れそうな気がするからさ、今もピアノやってんだ。
どうだい、聞いてみるか?なに、金は取らねぇよ。
まぁ酒代くらいはおごってくれよ。
あとは、そうだな。また、俺の話を聞いてくれよ。ここでまってるからさ。



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