第164期 #10

7番ゲート

 かばんの底をかざしても、ゲートは閉じたままだった。一歩下がって手探りで確認する。思った通り、財布が一番下に入っている。何も問題はない。もう一度やってみる。またしても反応がない。後ろから「チッ」と舌打ちが聞こえた気がした。仕方がない。仕切り直しだ。
「すみません、ここはカード使えないんですか」
 制帽をちょっと触って係の若い男がじっと見てくる。不審者を見る目だった。
「使えますよ。みんな使ってるじゃないですか」
 係の男がさっと指差した先では人々が次々とゲートを通過していく。基準は低くても厳格なある種の選抜をくぐり抜けた勝利者たちだ。ゲートを抜けた人影は加速度を増して前進する。ジェットエンジンの噴射によって速度は急上昇していく。車輪のついた靴底からは火花が散る。やがて両手を広げると高度が急上昇していき、雲ひとつない青空へ次々と消えていくのだった。
「でもこれ、ここにカードが入っているのにはじかれてしまうんですよ」
「どのカードですか」
「ああこれです」
 そう言ってからかばんに手を入れる。財布を取り出すのもすんなりとはいかない。マフラーが3つとバンダナが1つ、キッチンペーパーが4枚、詰めこんであった。旅行にはタオルが重要だと昔から決まっているらしいのだが、なかったので代用品だった。
「とにかくカードがないなら入れません」
 係の男はもう話を切りあげてしまった。窓口のガラスの向こうでカーテンが引かれた。カーテンとは何とも原始的だったが、電動で閉じられたので、それほど不自然でなかった。
 ため息をついて回れ右をしたとき、ひざのあたりに何かがぶつかるのを感じた。目線を落とすと、就学前と思われる女の子がこちらを見上げていた。
「そろそろ出てくるんじゃないかと思ったよ」
 頭をなでようとした手は強く払いのけられた。
「あなたはまた選ばれなかった。あなたはまた拒否された。あなたはまた締めだされた。あなたはまた断られた。あなたはまた自分のささやかな意思をくじかれてしまった」
「うるさいな」
 苦笑して女の子の横をすり抜ける。
「こうすればいいだけの話さ」
 かばんから財布を取り出して、その中からカードを取り出した。カードを直接センサーにかざす。ゆっくりとゲートが開いた。ジェットエンジンが身体を前へ前へと押し出していく。加速度が加速度を増し、すべてを置き去りにする。やがて両手を広げれば、大空へと舞い上がることだろう。



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