第161期 #12

放っておけない私

 私は俺の死に泣いた。
 俺が欄干の上に立っている。あぶない、と思った私はきっと、とっさに目をつぶった。顔に水しぶきがぶつかろうとして、同時に押しつぶされた。頭が下にあって、引力がこんなにも強力だと今さら知った。浅瀬のせいか水の抵抗少なく、川底にぶつかり砕ける顔であろう塊。体が三分の一ほどに縮む勢いのある。骨の鳴く。水に溶ける悲鳴。
 私はこのとき既に死んでいたらしい。人々が集まって、橋の上から、飛び降りだ、飛び降りだ、と騒いでいる。誰かの呼んだ救急のサイレンと警察のサイレンが響く中。こりゃぁ、即死ですわ、とマスクの救急隊員がモスモス言う。だから、私は俺が死んでいることを今更ながら知った。どうやら、俺だった私は自殺したらしい。マスクの救急隊員とマスクでない救急隊員が検査キットで何やら調べてから、私は川岸へと運ばれた。テレビで観たことのあるブルーシートに四方が覆われている。

 自殺の葬儀は初めてである。焼香の回数はバラバラ。上辺だけ泣いている人の集まり。本当は泣いていないんだ、ということは見ているだけで分かったから、両親の方はなるべく見ないから。辛いから。死ぬ前とあまり変わらない感覚。死ぬ前の俺は随分と考えていて、飛び降りた橋で浮遊霊にでもなるのかな、と死んだ私は考えている。顔は生前を真似て整えられてはいたが、焼かれても別に熱くはなかったし、残った骨だけでも浮遊霊にはならなくて済んだと私は考えていたい。全てがはじめてのことだから、慌ただしかったことは確か。肉体がないので言葉が上手く伝わらない。もどかしさ。

 半年くらい経つ。私は、俺が死んだあの橋へ行った。そして、なんだか昨日のことのような時間を待つ。天気が晴れ。誰か歩いてきたので憑けるかなと、その誰かの肩をつかもうとしたけれど上手くはいかなかった。何かコツのようなものでもあるのかしら。呪文とか時間帯とかで違ってくるのかも知れない。夜ためしてみよう。私は考えていたい。またあとで、何回かためそうと決めた矢先、橋にいた憑けなかった誰かも本当は死んでいたと分かって、お互い照れくさく会釈を交わした。その際、あとで憑き方教えたるね、と耳打ちされ、私は、お願いしますたと言った。私は別に色々な場所へ遊びに行けるけれど、俺はここにとどまっていたいと思う。俺が浮遊霊になったことを知って、私は放っておけなくなった。
(短編読者の皆様、さようなら)



Copyright © 2016 岩西 健治 / 編集: 短編