第161期 #1
客がやってくる。欲しいものは何かと尋ねると、宵待ちで、と答えられる。うちの商品にそんなものがあったかどうか、覚えていない。仕方がないので、店長を呼びに行く。
店長はゆっくりと店先に顔を出し、またあんたか、と言う。いくら待っても宵は来ないよ。いなくなったままだ。
客はゆっくりと目を上げる。天井の灯りは煌々とついている。ガラス窓の外側は日射しで明るく照らされている。客は眩しそうにその光を見、目を細める。
眠れないのだ、と客は言う。宵が来ないと、安心して寝られない。
宵を手放したのはあんたのほうだろう、と店長が言う。おれは宵がいなくなって清々したね。あれから客足も上がる一方で、儲けも増えた。宵のせいでそれまでは散々だったんだ。あんたがどうのこうの言う筋合いじゃない。
それでも、と客は言う。おれには宵が必要なんだ。あの深々とした静寂の、あの冷え冷えとした肌触りの、あの暴力的なまでの色合いをもった、完全な宵が。
待ちたければいくらでも待てばいい、とため息をつきながら店長が言う。それでも、宵は来ないよ。
手持ち無沙汰にレジまわりを片づけながら、ふたりの話に聞き耳を立てる。宵が一体誰なのかはまったくわからないが、興味は覚えた。
邪魔をしたね、と言って、客が帰っていく。店長はその後ろ姿を見送りながら、きみももう帰っていいよ、と言う。頷きながらエプロンを外すと、店長は薄く笑った。
きみには、宵が一体どんなものか、まったくわからないだろうね。
ジャケットを羽織ってイヤフォンを装着し、つながる相手を探しながら帰り道を歩く。誰宛てというわけではなく、なんとなく言いたくなってみたので、呟いてみる。
宵待ちで。
今日も日射しが暑い。気持ちよく汗ばみながら、誰からも反応がないのが気にならないまま、家路を急いだ。