第16期 #21
眠りたい。また三日も徹夜をして本を読み続けてしまった。
花園に立ち、羊を数え続ける。
「教えられた計算方法だとこの花園は実に三万ヘクタールになるなあ」
と考えながら。
お昼は済ませていた。そこの軽食堂で出されたのは丸いサンドイッチだった。サンドイッチなのに、丸いなんて。窓からは海が見えた。静かな海である。波が殆ど無い。海は年々その波を穏やかにしていくように思える。
神父が聖書を読みながら花園へと続く階段を降りて来た。
子供達は騒ぎながら、あっという間に階段を昇り切る。
がん。ごん。
階段から酒樽が転がり落ちて来る。
がごん。
私の足にぶつかり、止まる。
「私の元へ落ちて来たのだから多分この中には私自身が入っているのだなあ」
そう思うと不気味だ。
「でもまあそのようなこともあるよなあ、人間だものなあ、仕方無いよなあ」
私は酒樽を手をかけた。酒樽はぴかぴかに磨かれていた。酒樽を磨いて何か意味があるのだろうか。だがそう言えば、宝石を磨き上げることには何の意味があるのだろう。
ともかく私は酒樽を担ぎ、元の位置に戻そうと、階段を昇り始める。
「重いだろうなあ」
と思っていたがそうでも無かった。軽い、とさえ言えそうだ。
蹴り飛ばすと酒樽は階段を一気に昇った。
「遅いですよ」
階段の途中で女と出くわした。
女はいつものように髪をきちんと結い上げ、赤い着物を着ていた。強い香水は男の精の匂いを消す為であろうか。女はそのような商売をしていた。
「待たされましたわ」
「そうだ、忘れてた」
女とは食事の約束をしていたのだった。
「旦那様はいつもそうですわねえ」
女は笑った。
女は妊娠していた。お腹がぽこんと膨らんでいる。触らせて貰うと実に心地が良い。
「では参りましょう」
私達は階段を昇る。
階段の途中に設けられたダンスフロアでは人々がひしめき合っていた。
「この狭さでは踊りなど踊れぬよ」
人々はそう諦めているようだ。皆一様に座り込み踊りをせず、好きなことをしていた。額に美しい刺青をしたカップルは笑いながらキスをしている。
流れている音楽は楽しげでファンキー。私は再び酒樽を蹴飛ばす。
「ねえ旦那様、あたくしにもそれをやらして下さいよう」
「良いよ。思い切りやるが良い」
女は嬉しそうに階段を駆け昇り、酒樽を蹴る。ばらばらに壊れながら、がががが、と楽しげに、酒樽は階段を昇る。眼下には青い海。穏やかな穏やかな青い海。