第16期 #1

わかれのうた

4月に音楽の先生の仕事がやっと始まった。朝には授業が無くて、毎朝音楽室で自分の好きな曲をピアノで弾くことができた。

五月になり、その日も私が楽譜のページをめくったりしているとこんな事が綺麗な大きな字で置いてあった楽譜の裏に書いてあった。

先生、僕はいつも座っては考え、起きあがってはあなたのことを考えています。

私はその字を手で撫でながら可愛いらしいなと思い、なぜ先生ではなくあなたなのかな、男の人みたいだなと思った。
楽譜を見てみるとそれはショパンの「別れの歌」だった。

それを書いた子が誰かはすぐに分かった。私がその日の授業の終わりに「別れの歌」をピアノで弾き始め、楽譜を見ながらわざと途中でその楽譜をひっくり返すと、一人の子の顔が真っ赤になったからだ。私はその子をじっと見つめてにっこり微笑んだ。するとその子は、突然ずどっという音を立てて席から立ちあがり、教室を飛び出し駆け出てしまった。クラスの子供達は驚いたり、面白がって笑ったりしたが授業も終わったので、やがて自分達の教室に戻っていった。

授業の後に、私はしばらく楽譜を眺めながら座っていた。

4年生の教室は音楽室の隣で、私は毎朝弾く曲に、「別れの歌」を弾き始めた。なぜだかはよく分からない。でもあの時はいろんなことから少し寂しくて、少し意地悪に感じていたのを覚えている。

あの子に聞こえているかなと思いながら私は毎日弾きつづけた。授業中にはもう弾かず、その子の視線にも気づかないふりをした。そうしているうちに月日が流れ、夏休みも過ぎた。

11月頃だったと思う。市の交響楽団の元メンバーだったピアニストの人がうちの小学校でピアノの公演をしてくれることになった。私は彼のことは友達を通じて知っていてハンサムだな、後で話しかけてみようかな、なんて思った。

比較的小さな小学校だったので学校全体が体育館に収まり、私は他の先生達と並んで右側のベンチに座った。いくつかの曲が終わり、彼はこれが最後の曲ですと言ってあの曲を弾き始めた。すると不意に座っている子供達の中からあの子が浮き上がるようにして見えた。前をじっと見つめていて、自分の胸を押さえ、涙を流さずにはらはらと泣いていた。それを見ると私は目頭が熱くなるのを押さえられず立ちあがり、隣の先生が私に何か言ったがその時には私はもう外に向かって駆け出していた。逃げゆく私を追うように美しい音色が後ろから遠くに聞こえた。



Copyright © 2003 Shou / 編集: 短編