第159期 #9
こっちに越してきて初めての年末。買い出しをするから一緒に来ないかとおばさんに誘われて、いっちゃんと一緒に郊外の大型スーパーまで出てきた。
カートを押しながらヨタヨタ歩くお婆さんの隣をオレは歩いていた。いっちゃんはオレを置いて、別の食材を調達しに行っている。
「お義母さん、蒲鉾はここですよ」とおばさんがお婆さんを止める。「あぁ」と言って、お婆さんが蒲鉾の入った冷蔵ケースを見て「青いがはないがか?」と言った。青い蒲鉾ってこと?
「白はありますけど、青いのはないみたいですね」とおばさんが答えると、お婆さんが「白ならいらん」と言う。「後で青いの買ってきますね」おばさんはそう言って、赤い蒲鉾を5つカゴに入れた。おばさんが蒲鉾を持ち上げた時も驚いた。うそ、板ないけど?!
スーパーの別の場所で魚やら肉屋らを物色してきたいっちゃんが戻ってきたときに、オレは思い切って聞いてみた。
「蒲鉾、板ついてないんだけど」って言ったら、「そうだよ」っていっちゃんがオレを見た。
「一人暮らし始めて一番初めに電話したのが、お母さんに「蒲鉾の板ってどうやってとるの?」だったよ。そしたら、お母さんも知らなくてさ」といっちゃんが笑う。「蒲鉾の板なんて見たことないって言うんだ。ここでは、蒲鉾に板がないのは当たり前」
「それじゃ、もしかして、青い蒲鉾も当たり前?」
「そうだよ。っていうか、なかったの?」と、いっちゃんは蒲鉾のケースを見るべく方向を変えた。オレはそれに付いて行く。
「あぁ、白なんだ」ケースを覗いていっちゃんは呟いた。「白は、歴史短いんだよ。青いのは明日でも買ってきてあげるよ」と、いっちゃんはオレを見て笑った。
約束通り、翌日いっちゃんは青い蒲鉾なるものを買ってきてくれて、食卓に並んでいた。その目の引くこと。初めて見た赤いグルグル巻きにも驚きはしたけど、こんな衝撃ではなかった。だってナルトだと思ってたし。
「これ、蒲鉾?」知りつついっちゃんに聞いてみる。「そうだけど」といっちゃんは普通に言う。
食欲が減衰する色と言われている青が、普通に食品に使われているという状況をオレは初めて目の当たりにした。そして、ここの人達はそれを普通に食べている。
「味は赤も青も同じだから」そう言って、いっちゃんは青い蒲鉾を口に入れる。それはそうだろう。ただ、頭ではわかっているんだけど、オレの箸はその青い蒲鉾になかなか伸びないでいた。