第158期 #17

土曜日の朝

 学生時代に先輩からわいせつな話をされた。先輩曰く俺はクンニをしない・指先に唾を乗せて触れば同じことじゃないか。当時童貞だった僕は曖昧に返した。へえそういうものですか。経験した今では判然と言える。先輩は間違っている。同じじゃない。すくなからず女性蔑視の陰のあった先輩は女の股間を舐めることに屈辱を感じたに違いない。クンニしないやつ犬のクソ。この言葉には信憑性がある。
 その先輩が大学時代の僕の同級生と結婚することになった。僕は彼女に好意を持っていた。哀しかった。
 僕は先輩の友人として挙式に呼ばれた。ウェディングドレスを着た彼女はきれいだった。また哀しくなった。彼女は一生オーラルによる愛撫を受けないかもしれない。泣いた。両親への花嫁からの手紙でまたわんわん泣いた。僕は三十二歳。僕は未だ子供だった。

 閑話休題。
 土曜日の朝。千駄木の二十四時間営業うどんチェーン店に行った。
「ひさしぶり」
「ひさしぶり」
 大学時代の同級生がアルバイトしていた。女の子だ。先輩と結婚した同級生とはまた違う女の子。彼女は勤めていた会社が倒産して、急場しのぎでそこで働いていた。
 僕は京風の薄い色のつゆのうどんを食べて、それから彼女の仕事が終わるのを近くの喫茶店で待った。で彼女が来た。話した。
 僕が言った。
「最近の女の子は正常位よりも対面座位を好むよ」
「騎乗位じゃなくて?」
「騎乗位ほど生真面目に上位ではなく、男女対等の意識が強まった結果なんだと思う」
 僕はこの会話の流れのままにクンニ否定論者である先輩について、彼女の意見を求めようと思った。しかし喫茶店に総白髪の老婆が入ってきて、その老婆に彼女が挨拶をしたので話題を中折れさせられた。
 あの人、うどん屋さんによく来るお客さん。
 彼女曰く老婆はうどんをすすりすすり身の上話をするのだそうだ。独居老人。浮気されたからご主人と別れたそうなの。そうしたら娘も旦那さんに浮気されて別れたそうなの。でも娘は別に住んでるの。
 僕は今だと思った。
 すかさず。
「クンニしないから別れることになったんだ」
「いいえ」彼女は言った。「浮気されたから別れることになったの」
「そうだね」
「そう言った」
「じゃ浮気相手はクンニするけど旦那さんはしなかったんだ」
 僕の、目の前の彼女は、喫茶店の革張のソファに背中を深く沈めた。
「私は予言する。あなたは一生独身を貫き通す」
 僕は、一生を、独身で貫き通す。



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