第157期 #6

マンハッタン

 劇団四季の公演の日付を間違えた。来週の土曜日と今週の土曜日、つまり今日と勘違いをしていた。来週の土曜日は私の誕生日だ。チケットを2枚も持っているくせに、日付を勘違いして劇場まで来てしまうあたり、やはり、私は鈍い女なのだろう。劇場から浜松町駅まで戻った。東京タワーが綺麗だった。高い所から眺めたいとスマホで探したら、駅のすぐ近くの世界貿易センタービルに展望台があった。だが、私が展望台に上がったら、飛行機が突っ込んでくるかも知れないと思った。先日、見知らぬ女が私達の間に突然割入って来て、私を追い出したように。
 それにしてもこの辺りには、ブロードウェイのように劇場もあり、ワールドトレードセンターもある。まるでマンハッタンのよう。それなら、スタテンアイランド・フェリーもあるのかしら。航行中に自由の女神が見れるフェリー。
 そういえば、竹芝に港があった。ここはやはり、マンハッタンなのだ。私は港へと向かった。
 夜に出発する船があった。運賃表に一歳未満の乳児は無料と書かれていた。私は財布から乗船券を出し乗船した。船に乗れば、もしかして、スタテンアイランド・フェリーのように自由の女神が見れるかも知れないと思ったからだ。船の目的地は八丈島だ。リバティ島は小さい。八丈島は名前からして小さそうだし、うってつけだと思ったからだ。デッキに出て、真っ黒な海を眺めていたら、いつの間にかレインボーブリッジを越えていた。女神は顕現しなかったのか、私がそれらしき物を見逃したのかは分からなかった。また海を眺めて居たら、いつのまにか日本列島からの明かりが見えなくなっていた。体もすっかり波風で冷え切っていた。失敗しちゃったと思った。私は客室に戻り横になったら、吐き気が私を襲った。いつものとは違う。これが船酔いの吐き気なのかと思った。考えてみたら、船に乗ったのは初めてだった。
 八丈島に到着したのは日曜日の9時前だった。船から降りてみると、海と空が水平線で結ばれていた。海と空は一つとなっていた。海に、私の入り込む余地など無かったのだと思い知らされた。
 そして、私は地平線の先に自由の女神を見た。私の記憶では、右手には自由の松明を、そして左手には銘板を抱えているはずであった。しかし、私の見た女神は、両手で大事そうに幼子を抱きかかえていた。彼女の顔は、慈愛に満ちていた。
 私は決めた。生きよう。産もう、と。 



Copyright © 2015 池田 瑛 / 編集: 短編