第154期 #1

恋路とパンク

 駐輪場の蛍光灯がいくつかチカチカと点滅している。
 傾いた自転車を起こし、右足でスタンドを蹴り上げようとするが、つま先をスポークにひっかけ空振った。スタンドの位置を確認し、再度スタンドを蹴り上げ、隣の自転車を倒さないようにハンドルを切りながらゆっくり押し出していく。
 駐輪所から下駄箱まで続くアスファルトの上を押していき、砂利道に差し掛かった所で空気の抜けたタイヤがガタガタと音を立て始めた。砂利の抵抗で車体が重く感じ力を入れるが、顔には出さないようにして裏口の校門へと近づいていく。
 私は怪しくないよう頭を動かさずに目を配り、目的の女の子を見つけた。
 彼女は両手を腰裏に回し、裏口の校門の塀に体を預け、右足のつま先を立てて地面をなぞっている。
 早まる鼓動とは裏腹に、重くなる足取りを気にしないよう、私は何度も静かに深く息を吸った。
 ゆっくりと一歩ずつ、ガタガタと音を立てながら進んでいく。
 彼女まで十メートルほどの距離まで来たとき、音が聞こえたのか彼女が小さく顔を動かし私の方を向いた。目が合った気がした。
 彼女は塀に預けていた体を大袈裟に起こすと、跳ねるように背伸びをして大きく手を振りだした。
 私は思わず目を見開き、それに応えるようにギュッと強くハンドルを握ると、小走りで力強く自転車を押した。
 瞬間、後ろから「ごめーん!」と男の大きな声が聞こえ、その男は小走りで自転車を押す私を追い抜き、彼女の前で立ち止まった。
 彼女が頬を膨らまして分かりやすく怒ると、男は右手を自身の後頭部へ回し、グシャグシャと髪を掻き回した。
 私は小走りの勢いのまま、自転車に飛んで跨り、ペダルに足を掛ける。沈んだタイヤが砂利に突っかかるような感覚に転げそうになるが、思い切り体重をかけてペダルを踏み込み、彼女らから顔を背けるようにして横を通り過ぎた。
 裏口の校門を出て、初めの角を曲がるまでの数十メートルの間、私は何度も彼女の方を振り向いたが、彼女がこちらを向くことはなかった。

 ペダルを踏み込んでもなかなか前に進まないのを、私はパンクのせいにした。



Copyright © 2015 道谷 道緒 / 編集: 短編