第152期 #6

空腹のいたづらごころ

 今日僕は定食屋に行くことにした。ここ数日コンビニお握りしか食べていなく、足が上手く動かない。つい道路に出そうになると大きな衝突音が聞こえた。近づくとヘルメットを被った男が倒れている。気の毒に。
 さて、何処に入ろうかな。
 おぼつかない足取りで歩道を歩いていると路地の方から美味そうな香りが漂ってきた。自然と足が動く。細い道を通り、僕はその匂いの元と思われる店の扉をガラッと開けた。
 中を見渡すと結構混んでいる。ボーっと見ていると奥からウエイトレスらしき男が来た。
 「いらっしゃいませ。ご予約の斎藤様でございますか?」
 僕は斎藤じゃない。違いますと言おうとしたのだが、どうやら斎藤さんは予約を取っているらしい。このまま斎藤さんのフリをしていれば、すぐにご飯にありつける・・・
 「はいそうです。斎藤です。」
 どこかの斎藤さんには悪いが、先にご飯を食べれる。
 席に着こうと一歩踏み出すと
 「ではお客様、こちらの席へどうぞ」
と言われた。そのウエイトレスについていくと奥の部屋に案内された。とりあえず部屋に入ろう、と一歩踏み出す。すると
 「あの、斎藤さんですか?」
 後ろから女の声がした。美しい声が耳に。ゆっくりと振り返るとそこには美少女がいた。
 「よかった・・・今日は遅れると先ほどメールがあったのでびっくりしましたが、宜しくお願いします・・・」
 その刹那、全て合点した。つまり、こういうことだったのだ。
 
 『斎藤さんはこの娘と会食する予定だった。』
 
 全身から気持ち悪い汗がぶわっと噴き出してきた。いますぐその場を去りたかったが、そうもいかない。咄嗟にこう言った。
 「やあ、僕が斎藤だよ。こんにちは。」
 僕の貧しい語彙の中で当たり障りのない挨拶といえばこれしか思い浮かばなかった。
 「じゃあとりあえず中に・・・」
 美少女が僕の手を引きながら部屋へ引きずり込む。やばい、どうしよう、どうやってこの場を乗りきろう・・・と思った矢先、
 「桐谷さぁん!」
と野太い声が聞こえた。振り向くとヘルメットを抱え、頭から血を流しこちらを睨みつけている男が居た。顔が僕と瓜二つだ。
 まさか、斎藤さんって、さっきの・・・
 「すいませんしたぁぁぁ!」
 僕は出口に向かって一目散に走り出した。
 「おい待てえええ!」
 先ほどの野太い声が近づいてくる。
 やばい、追いつかれる・・・
  
 
 
 帰りに食べたコンビニのお握りは、血の味がした。



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