第151期 #4
俺は、夢を諦めようと思う。やっぱり、俺は才能がなかったんだ。
昨日の夜に、彼女から電話で「いい加減、現実を知ってよ。いつか売れる
とか言って自作のCDも全く売れないし。どうやってこれから生きていくのよ。もう湊人には付き合いきれない。別れて」と一方的に別れを切り出された。
俺は、丸一日考えて命の次に大事なギターを売ろうと決意した。
嗚呼、死んだおばあちゃんに買ってもらった大事なギターだけど、自分の手元にあったら、未練を捨てきれない。本当にごめん。俺は慣れ親しんだギターの弦を優しく撫でた。
翌日、自宅のある最寄り駅から六つ目のK駅に降りた。週に三日ほど、このK駅の一角で路上ライブをしている。その際、自分で作ったCDも販売しているのだが、売れたためしがない。いや、正確に言えばたった一枚、売れたことがある。小学校六年生くらいの少女が買ってくれた。その少女は、毎回俺のライブを聴きに来てくれる唯一の観客だった。最近、見かけないがどうしたのだろう。俺は、ふっとため息をついた。
「今日は、ギターを弾かないの?」
振り向くと、あの少女が立っていた。少女の着ている赤いワンピースは擦り切れ、靴もひどく汚れていた。
「うん、今日はね。このギターとお別れするためにここに来たんだ」
「ギター、どうするの?」
「今から、売りに行くんだよ。これでは、食べていけないからね」
そうだとも。俺は夢から逃げるのではない。生きるために、仕方が無いことなのだ。俺は繰り返し、自分に言い聞かせた。少女は、じっと俺を見つめていた。
「あたしのおばあちゃんが最近具合が悪くて、でもお兄ちゃんの歌が入っ
ったCDを流したら、すごく優しい笑顔を見せてくれたんだよ。だから、お兄ちゃんが奏でるギターと歌声は、人の心を元気にする力があると思うの。あたし、お兄ちゃんのライブを聴いていつも勇気と希望をもらっていたんだ。」
少女は、俺の手のひらに何かを握らせた。
「これ、おばあちゃんにあげるために今までずっと必死で探したものだけど、お兄ちゃんにあげる。あたしは諦めないで探し続けたから見つかったんだよ」
少女は、そう言って去って行った。
俺は、手のひらをゆっくり開いた。そこには立派な四つ葉のクローバーがあった。見つけるのに苦労したものをこんな俺のために。
俺は、やっぱり夢を捨てられない。
今、夢を現実に変える力をもらったから。
俺はギターを抱きかかえ、K駅を後にした。