第151期 #22
「君は犬かい」とたずねると、そいつは水色の絵の具で塗られた春の空の絵を10秒も眺めたあと、重い目を閉じてああそうだよと言った。
「じつは虫かと思ったのだけれど、君がそう言うのだったらそうなのだろう」
僕は無防備なそいつを指でつまみ、匂いを嗅いだり、耳をあてて音を聴いたりした。なんだか変な匂いではあったけれど、悪い匂いではなかったし、音はとくに聴こえなかった。
「おい、これ幾らかね」と無表情の店主にたずねると、売り物じゃないが欲しいならやるよと店主が言うので、僕は礼を言った後そいつを上着のポケットに入れて店を出た。
妹が入院している白い病院は小高い丘にあるので、僕はいつも息を切らしながら登った。僕は病室の白いドアを開け、白いベッドに横たわっている妹にさっき貰ってきたそいつを見せてやった。
「お前、犬を欲しがっていただろ。ほら、こわくないから」と言って僕はそいつを妹の顔に近づけたが、妹はこんなの犬じゃない、虫でしょと言って顔をそむけた。
でもしばらくすると妹はこちらを向いて、ねえ、その虫なにをたべるのとたずねた。
「さあね。うっかりしてて聞くのを忘れてたよ」と僕は言ったあと、白い病室を出てさっきの店へ戻った。
「今日貰ったあれだが、いったい何を食べさせればいいのかね」と無表情の店主にたずねると、店主は無表情な眉毛を指でいじりながら、普段は何も食べないが、10年に一度くらいのペースで大型の動物を食べるよと言った。
「大型の動物? 前に食べたのはいつだ?」
たしか10年ほど前にセントバーナード犬を食べて以来、何も食べてないね。
「まさか人間も食べるのか?」
さあね。
僕は店を飛び出して丘を登り、白い病院の白い病室にある白いドアを開けた。
妹はベッドにいなかった。
そしてそいつは窓辺で日向ぼっこをしていた。
「おい! 君は妹を食べたのか」と怒鳴ると、そいつは、だったらどうなのさと返した。
僕はそいつを握り締めると、近くの川原まで行ってそいつを地面に投げつけた。
そいつはよろめきながら、おい誤解するなよと言った。あんたの妹は別の部屋で検査を受けてるだけだと。
「そうか。でも君を殺したい気分だ」と僕は言いながら、そいつを地面から拾い上げた。
するとそいつは妹のことが好きだと言った。俺に名前をつけてくれたからね。でもそれは秘密なのさ。だって秘密は秘密にしなきゃいけないって、あの子が言ってたからねと。