第150期 #19

くさり



〈ゆく春や蓬が中の人の骨〉


 騒騒しくこすれる梢もかくせぬ仲春の陽気ふりそそぐ病葉にしずむ縞の羽織に紗綾の帯。只顔のままの娘が裾をはだけさせ横臥する森、狐狸も盗人も脱衣婆さえ通らぬ深き山の中腹である。地より這いでる埋葬虫、飛んで啄ばむ田長鳥。臓腑のぞいた娘の腹に小蠅群がり皮を嘗め、生毛を摘み採っていく。ああら気の毒、つつじ花香少女、桜花栄え少女。野武士か悪鬼か何びとに殺められたのかも知れず、蓮台でもなき此処いらでは肌理だけ残る躯ばかりで、さながら枯死した沙羅林の妙。いずれは腐り、骨と繊維と液とに分かれ、袖は泥、髪は蔓と散らばっていく。橘の枝やしない蝶の餌とし、次の季の落葉ふり積り、乾いた山砂敷きつめられ転圧され、都から直でつづく街道ができた。


〈君が家の花橘はなりにけり 花なる時に逢はましものを〉


 飛脚や山伏あししげく通り、文車の轍ができる。些事の遠出を襲われし徒人の妻の市女笠とむしの垂れ衣、破瓜の血浴びた玉かずら、朝露が拭う。


〈山深み春とも知らぬ松の戸に絶え絶えかかる雪の玉水〉


 草履は布靴、軍靴に変じ、つらなる疎開のあし並みが索道を渡っていく。背後に傷痍をもち、片手足を喪った気狂い先導者、私娼同然の町のおなごを、子らの眼の前で揉みしだく。抵抗されてつき飛ばしゃ崖を転がり渓谷の針葉樹に刺さる。負け戦を讃えよと云ったそばから男児の投げつけた小石で眉間切る親仁、怒り心頭。南下する爆撃機が吐いた赤火で、土砂や貨物と爆ぜる一行。ばらまかれる祝婚の花の如し。


〈死に未来あればこそ死ぬ百日紅〉


 高度経済成長が流血をアスファルトで覆って、本土の山脈を貫く高速道を敷く。PA停車中のワンボックスカー、隣県から拉致されたJK、下着切り裂かれスマートフォンで撮られる。ぶん殴られ、鉄管挿されてこねくり遊び、買うでもなく売るでもなく、条理なく奪われた春を思って啼く揚雲雀。リアシートから垂れるしずく、駐車場から追い越し車線を紅くむすぶ、そのしるしはくさり。速度超過で衝突炎上、救出されし少女、髪ふり乱して後続車に轢かれる。


〈誰か似る鳴けようたへとあやさるる緋房の籠の美しき鳥〉


 廃道を囲う艾の薗に聳えし白堊のビル。遺伝子工学の粋あつまりし、震災第三世界高原産婦人科、午前四時。
 裸んぼうの赤んぼが母を呼ぶ、母を、されども声は聞こゆることなし。


〈メスのもとあばかれてゆく過去があり わが胎児らは闇に蹴り合ふ〉



Copyright © 2015 吉川楡井 / 編集: 短編