第15期 #1

遠い日の花火

雨が車窓をするりするりと逃げていく。その隙間を流れる景色を見ながら、私はそれを何度も過去とダブらせていた。
「どうした?」
「、、この辺もよくドライブしたなーっと思って。」
東京タワーもお台場の観覧車も、泣き出した空に滲んで輪郭がぼやけていた。ワイパーの音がページをめくるように車を進ませる。
思えば、車の中で付き合う事を決めた私たちは、思い出という思い出がすべて車の中だった。休みになれば、二人でいろんなところへ出かけたものだ。とても、幸せな日々だった。
こういう日が来ると、知ってはいたけれど。
「何か飲む?」
と彼が聞いた。
「いらない。」
と私は答えた。しばらく静かにしていたかった。ラジオがサザンのTUNAMIを流すといった。
夏には6時間かけて、日帰りで新潟に行くなんて無茶もやったな。車のライトを消したら天地もわからない暗闇に、蛍の群れが舞い上がり、その光がそのまま星のようだった。綺麗だった。いろんな思い出が、際限もなくあふれる。息もつけないくらい。
「ねえ。」
「なに?」
「もう少し、このままでもいいんじゃないかしら?」
彼は困ったような顔をした。
「もう、決まった事だから。」
そう、そうだった。もう、何度も何度も話し合った事だった。もう元には戻らない。過ぎてしまった時間の流れには逆らえない。
海へ行ったときは、タイヤが砂にとられて大変だったよね。雪の積もった冬には、タイヤを滑らせて遊んだりして、それも結構楽しかったよ。二人で買い物もよく行った。いっぱいの荷物をいっぱい私たちの部屋に運んだの。そういうことの一つ一つが、私たちを作っていったのよ。
車は静かにスピードを落とした。
「ここで、降りてくれないか。」
私はうなずいて、ドアに手をかけた。
「ほんとにいいの?」
「もう、しかたない。」
「、、、そうね、、。」
私は車を降りた。雨の中、走り出す後姿を見送る。
さようなら。さようなら。日産昭和63年製S13シルビア。いろんな思い出を有り難う。
あなたはいい車だった。けれど、私たちには排ガスの規制からあなたを守ってあげられない。
シルビアはゆっくりと解体工場に入っていく。私の頬を濡らすのは、雨かしら。



Copyright © 2003 長月夕子 / 編集: 短編