第148期 #15

ダッシュ

ずっと前からこうしている気がする。もしかすると世界が始まってからずっと。
いつどのようにして始めたのか、実感としてぼんやりしている。もちろん頭ではつい5分くらい前からだって分かっているけど。

練習の最後はおなじみのダッシュで締める。25メートルくらいを30本。もう日は落ちて辺りはどんどん暗くなっていく。それまでの練習でくたくたなので、このダッシュは本当にきつい。
3本目くらいで早くも、もうろうとしてくる。半分無意識の中で、ピッという笛の音を聞き、走り、列に並んで次を待つ。まだまだ先は長い。永遠に終わらないのではないかという感覚になってくる。ずっと走り続けてきて、これからもずっと走り続けていくのではないかという気がしてくる。

それは人生についての感覚と同じかもしれない。自分の生年月日は知っているし、自分の生まれる前にも世界はあって、お父さんやお母さんはその世界でリアルに生きていたのだということも知っている。だけどやっぱり感覚としては、世界が始まったときから自分は存在していたし、これからも永遠に存在し続けるのだという思いが離れない。自分が死んだ後の世界など想像もつかないし、自分が生まれる前の世界も実際のところ想像がつかない。

ダッシュは続く。もはや何も考えず、ただひたすらに走る。
やがて「あと15本」の声がかかる。ようやく半分まで来た。まだあと半分もあるという考えと同時に、あと半分で終わりだということが意識にのぼる。
1本、また1本と笛の音とともに走る。「あと10本」の声がかかる。もう3分の2が終わっている。永遠に終わらないのではないかと思っていたものに、終わりが見えてくる。あと少しだということが実感されてくる。

「あと9本」「あと8本」
体はますます疲れ、くたくたになっているが、心の方は残りはあと何回かに集中している。あとどのくらい頑張らなければならないのかに気持ちが向いている。

「あと5本」
もう完全にカウントダウンの段階。ダッシュの時間はあとわずか。「3本」「2本」そして、「ラスト」の声がかかる。「おー」とみんなが答える。走り終わったとき、倒れこみたいような気分になる。膝に手をついて肩で息をする。まだ体操がある。軽い体操をしてから解散となる。


着替えて帰りのバスの中、もう真っ暗な窓の外にコンビニのあかりがまぶしい。
さっきまでの走っていた時間は、あれは夢だったのではないかとそんな気がする。



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