第146期 #1
僕は漁師で、父も漁師だ。父の経験と技量には遠く及ばないが、一人前と認められるようになった。そして、今日という日が来た。実家から、新婦、つまり僕の妻となる人の家へ貰いに行き、妻を実家へと連れてくる日だ。一言で言えば、結婚式の日。
実家から出る時、門からヒンプンを見て右側の通路を僕は通った。それを父と母が庭先から見送ってくれた。
ヒンプンの語源は「屏風」で、外観も屏風に似ている。門から入ると、ヒンブンにぶつかり、左右の道に分かれて母屋へと続く。島のどの家の門と母屋の間に、ヒンプンはある。
辞書では、道から母屋を直接見えないように隠す機能があるなんて説明されているようだけど、僕の島ではヒンプンは日常と非日常を目に見える形で分ける機能を持っている。日常では左側の通路を通って出入りし、右を通ることは絶対にない。
子供は往々にして、ダメと言われたらやってみたくなるものだ。何を隠そう僕も子供のときに悪戯で右側を通ったことがある。その悪戯は母に見つかり、母は漁から帰った父に告げ、父から重い拳骨を喰らった。しかもその日、母は僕に晩飯抜きを言い渡した。僕の茶碗も箸も、ちゃぶ台には用意されておらず、父と母がご飯を食べているのを正座して黙って見ているだけ。もう二度とこんな悪戯するものかと思った。
男がヒンプンの右側を出入りできる日で、真っ先に思い浮かぶのは豊年祭りの日だ。祭りの日に家々を訪れるアカマタ様とクロマタ様は右側の通路を通る。そして、その日だけは家長も右側の出入りを許される。
古臭い風習と思われるかも知れないが、女性は右側を通れるの日は2度しかない。嫁入りの日と、ニライカナイへ帰る日だ。棺は、右側の通路を通って家から出て行く。
僕は、彼女の家でもヒンプンの右側の通路を通って中に入った。庭の真ん中に立って、彼女は僕を待っていた。彼女の母から譲り受けたであろう琉装。そして頭には一輪のハイビスカス。花嫁だった。
嫁を自分の家へと連れて帰る道で、島の人たちはクバの扇で扇いで祝福の風を贈ってくれた。
僕は、花嫁の手をとりながら、僕の家の門を通り抜け、ヒンプンの右側を一緒に通り抜けた。そして「貴女が再びここを通るその日まで、私はあなたを幸せにします」と、僕は言った。単なる慣例的な言葉であると思っていたが、それは僕の決意の言葉と成っていた。
後は、音楽と踊りと、そして酒での祝いだった。