第141期 #16

「まぐろ その23(デリバリーピザ編)」

チーズのとろける匂いは時に人をも殺す。死んでしまいそうになるぐらい鼻をかすめるそのいい匂いを放ちながら、ピザはバイク後方の籠にしっかりと収納されて、ある民家に向っていた。ある民家では、今か今かとピザを待ち望む餓鬼どもがうるさい。ピザピザピザと口々に、というのはある民家にはいまちょうど親戚の子が来ていて、腹が減りましたな奥さん、などと粋な口調で自分よりも30ばかり年齢が上の親族を捕まえて主張しているのを、仕方ないなあ、とある民家の主人がピザを頼んだわけで、餓鬼はここぞとばかり、歓声を上げてその到着を待っているわけだ。
そのピザを積んだバイクはやけにふらふらしていた。そのはずである、バイクを運転するのは自動二輪の免許など持っていないマグロだったから。ふらふら、対向線をすぐに越えてふらふら、大変危険であった。当然、ピザ配達のバイト面接時には、免許の有無を聞かれる。マグロはここでお得意の曖昧さ利用し、持っている風な顔をして何食わぬ顔ですり抜けたのであった。店長なる男も無学な男で、マグロが自動二輪の免許を取れないなどと想像できなかったのだ。マグロはそのようなわけで、運転していた。ヘルメットを被り運転するマグロは風であった。自分は今間違いなく、風であり、颯爽と国道を行くライダーである。なんと恰好がいいマグロであろうか、自らその恰好のよさを思うと震えた。それが増幅されてふらふらしているのでもあった。マグロは幸福であった。ピザを届けることなどどうでも良くなってきた。チーズのとろける匂いはマグロにとって汚物そのものであった。こんなものを食べたい生物が信じられなかった。マグロはこのまま国道を登っていこうと考えた。そこにユートピアはあるような気がした。ガソリンは満タンで、別段寒くもない暖かい夜だった。月が出ていた。



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