第140期 #2

三郎と黒猫キャサリン

「おお、ローサ、ローサローサ。ぼくの心の小窓を開く鍵は、ああ、ローサ、君が持っているその美しい肉声だけだよ」
「止めて変態。私はあなたが嫌いなの。金輪際近寄らないで!」
「おお、ローサ、その美しいルビーのような声をもう一度聞かせておくれ」
「金輪際近寄らないで!」
ローサはこんな冷たい事を言っているが、きっと僕の事を想う気持ちが裏返しとなって表れてるんだ。うん、きっとそうだ。それしかない。

「よし、完成したぞキャサリン!」
「くだらない小説?」
「くだらないとは何だ。多分ダブル受賞だぜ」
「ジャンプの新人賞だっけ?」
「ジャンプは漫画だ。芥川賞と直木賞」
俺は原稿を投げ捨て、思いっきり伸びをした。
「もう歳なんだから、あんまり無茶しない方がいいよ」
キャサリンは毛づくろいをしながら呟いた。そうだ、確かに俺は歳をとった。還暦と言えばもう立派なジジイだ。有名所で言えば関根勤と同い歳だが、ヤツは結構若く見えるからな。比べないでくれ。
「ごはんまだ?」
「ちょっと待て。そんな事より良いものを買って来たんだ」
俺はゲーム屋の紙袋からPSPを二台取り出すと、一台をキャサリンの前に置いた。
「ねえ、僕、猫だからゲームとか無理だよ」
「気分だよ気分」
キャサリンは溜息を吐くと、PSPのボタンを肉球で押したり、画面を舐めたりしていた。しっぽを振っているので、意外と気に入ったと見る。
「明日、砂浜に行こう」
「またぁ? 他にやる事ないの? あと一ヵ月しか無いんだよ?」
「おうおう、分かってらぁ。最後くらい付き合ってくれよ」
キャサリンはもうゲームに飽きたのか、ゆっくり伸びをしながら立ち上がると、餌を食べに台所へと向かった。
カリカリ、と小気味良い音が聞こえてくる。俺はデビルサマナーとなって事件を解決する事にしたが、慣れないもので、序盤のボスで大苦戦。10回はゲームオーバーになった。
「おい、これは老人には難しいぞ。一ヵ月でどうにかなるのか?」
「まさか一ヵ月ずっとゲームし続ける訳じゃないよね?」
「デビルサマナー次第だ」
キャサリンはもう飯を食い終えたのか、ベッドの上を一人で陣取っていた。
「ねえ、キャサリンって名前はどういう意味で付けたの? ぼくオスだよ」
「死んだ婆さんの名前だよ」
「ヒュ〜、愛妻家だね」
「そんなんじゃねぇよ。呼び慣れてるだけだ」
「…向こうで婆さんと会えるといいね」
 俺は苦笑いした。死神に気を使われるなんて、俺も末期だな。



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