第140期 #12

しらじらしい話

体育の話になった。一年生は四月から陸上だった。とても評判が悪かった。けれど里香は走ることが嫌いではなかった。百メートル走はとても単純でしかもバテる。太ももが痛くなる。なのに走り終わったあと膝に手をついて呼吸を整えているときが好きだった。スタート視点までのんびり歩いて戻るとき日射しがぽかぽかしているのも好きだった。絢音はそれを聞いても里香を茶化さなかった。
「そっかー。好きなんだ」
「うん」
「そういう好きになりかたって珍しいね」
「やっぱり?」
「うん。みんなタイムを縮めるために練習するから」
「あー…、でもわたしは足早くはないんだよね」
絢音は「そっか」ともう一度つぶやいた。ふたりはコンビニに入った。店内は冷房とも暖房ともつかない空調が効いていた。同じ学校の制服が何人もいた。絢音も絵理も制服のブレザーを羽織っていた。ネクタイを締めていた。ふたりはお菓子売場で立ち止まった。
「わたし、中学校では陸上部だったんだ。短距離の」と絢音が言った。
 絢音は袖をまくって腕時計をみせた。
「これも陸上が好きだったから買ったんだ。でも、絶対に高校レベルにはついていけないなーってなって。あきらめかな」
「うん」
「もう仮入期間も終わっちゃってせいせいしたような後悔したような感じなんだよね。……でもやっぱりタイムだけじゃないよね、ってさ」
 香里は絢音の頭をぽふぽふ撫でた。元気だしなよって。絢音は商品棚をみるのに中腰になっていて高さ的にも丁度よかった。絢音は香里を見あげた。香里は笑ってみせた。
「部活だったら高タイムを目指すのは当然だよ。そうじゃなかったらなんのために大会に出るのかわかんないもん。でも絢音ちゃんは三年間つづけて引退して、もう楽しく走ったっていいんじゃない?」
「そうかな」
「うん。わたしも全力で走ってもぜんぜん遅いけど楽しいよ。授業だとみんな手を抜いて走っているけど、それはそれでいいとおもう。絢音ちゃんも自分が楽しいように走ったらいいとおもう」
 勝手かな、と香里はつけたした。絢音は首を振った。
「ううん。まず授業でちゃんと走ることにした。みんなといっしょにゆっくり走ってたら、なんだかこれでよかったのかなって迷うようになっちゃったんだよね」
「実は陸上部だったんだって言ったらいいよ」
「そうする。ありがと」
 絢音は目をつむって伸びをした。



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