第14期 #22

とりついた神

私は、この男についている神である。

無能なコイツが、『有能な秘書』と呼ばれているのも、すべて私のおかげなのである。
だがこの男、私に感謝などしたことがない。それどころか私に気付きさえしないのである。

今日も忙しい一日が始まった。

男が出勤するなり、早速書類が回ってくる。ざっと目を通すと、数枚に判を押した。
社長でもないのに何を考えているのだろう。お仕置きしてやるか。
私はいつものように、秘書室に入ってきた社長を不機嫌にする。私がちょっと念じるだけで、他人の感情は簡単に変化するのだ。
書類を受け取ると社長はパラリと捲り、表情を変えた。

「君の仕事はいつみても気分がいい!」

どうやら作戦は失敗したようだ。
グウタラ社長は煩わしい仕事が一つ減り、頗る機嫌が良くなった。男は満足そうに仕事を続ける。

昼過ぎになると社長室にコーヒーを運ぶのが、男の日課だった。いつものコーヒー店に注文をする。
私はここでも、ささやかな悪戯を試みた。電話を不通にしたのだ。
男は何度かけても相手が出ない事に首を傾げるが、気をとりなおし給湯室に赴くと、自分で淹れた。案の定、男は分量を間違えやがった。
濃いコーヒーを社長の前にと差し出す。

「苦いな」

という社長の言葉に、思わずしたり顔になる。

「今から会議だ。眠気ざましには丁度いい。君が淹れたのか。ありがとう」


私は地団駄を踏んだ。これ以上、男が調子に乗るようなことになれば、きっとまずいことになる。神の私が言うのだから間違いない。
ここいらでとっておきの罠を仕掛けよう。
会議中のところに社長の愛人から電話がくる。男はきっと、慌てふためくだろう。
電話がなった。
男が相手を確認すると、躊躇いもなく会議室へ入っていった。

「社長。渡辺様からお電話が。取引の件で至急取り次いでほしいそうです」

社長はいそいそと立ち上がると、

「あとは皆に任せる」

といって会議室をでていった。男も社員に一礼すると扉を閉める。
秘書に気が付くと、社長が耳打ちした。

「あの会議には嫌気がさしてたんだ。君のように配慮に長けた秘書を持って、私は幸せだよ。」

嫌な話し合いから逃れた上に、可愛い愛人からの電話で社長は満足気だ。
またしても男のお株があがったようだ。これもすべて私のおかげなのである。

今日も忙しい一日が無事終った。

誤解のないようにいっておくが、私は疫病神などではない。この男の仕事ぶりをみれば一目瞭然だろう。

誰がなんと言おうと、である。


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