第135期 #13

こゝろ

アメリカのことを米国というやつがいて、なんかむかつくからやめた方が良いよと俺はアドバイスをしてやったが、聞き入れる様子はない。まったく阿呆とはこう言うやつを言うのだろう。いつか痛い目を見るだろう。そのときにようやく、俺のアドバイスを聞き入れなかったことを後悔し、あらためて菓子折りでも持って挨拶に来るのだろう。実際、やってきたのはいいが、相変わらず米国と言う。これ、つまらないものですが、米国のせんべいです。けっこう美味いっすよ、と薄ら笑いを浮かべている。俺はふんと鼻を鳴らして受け取ったが、食う気はない。大人としての対応をやつに見せつけてやっているだけだ。そんなことつゆ知らず、へへへ、と軽薄な態度で、帰らないから、何か用か?と問うと、実は、とツバを飛ばしてしゃべり出す。大方、なにかしゃべりたいことがあったのだろう。聞かせる相手として俺を選んだのだ。実は、娘さんを、とまで聞いた時点で俺は耳を塞いだ。聞きたくない。全然、聞きたくないから、言わなくていい。子どもじみているんだからこの人は、と後々妻は笑うだろうが、別にかまわない。俺は今、こいつの口から娘についてのあれこれを全く聞きたくないのだ。覚悟はできている。けれど、一度ぐらい拒否するのがまことの親心。いいか、今日は帰れ、おとなしく帰るんだ、で、後日、あらためて来い。そしたら聞いてやる。いくらでも聞いてやる。今日はダメだ。と俺はまくしたてた。やつは何か言いたそうな表情だったが、何も言わず、うなづいて帰っていった。俺はやつの後ろ姿に頭を下げた。そのあとで娘を押し入れから出した。変わりに妻を押し入れに詰めた。もう使わないつもりだったが、嫁にいくんならその前に一度使っておいて罰は当たらん、と思った。膨らませて、毛布をかぶせた。唇を塞いだら、ビニール臭が強くなった。涙が頬を伝って落ちた。



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