第134期 #14

ハンマー九十九

 岩を叩くと魚が全部死ぬような話を聞き、小学校の瓢箪池にハンマーを打ち下ろしたら鯉と金魚が全滅した。即座に逃げたが女子に告げ口され盛大に怒られただけでなく、全校集会で壇に上げられ校長先生の考えた堅苦しい詫び文句を披露する羽目にもなった。申し訳ございませんて、どこの小学生が言うのだ。僕だ。クラスに戻ったら何かっこつけてんだとスポーツ万能の馬鹿野郎に蹴られたり一か月に渡って口真似をされたりと散々だった。先生方は自分が虐めの温床になる可能性を考えたことがあるのか。ない。良かれと思ってやっているに違いない。しかし彼らが子供の時分と児童の現在は社会を取り巻く何もかもが違うのであって、自分が受けた愛の鞭を教え子に振るう無意味さに気付かねばならない。
 と、両親は言った。校長室に呼び出された帰り。特に母親は僕の肩を持ってくれて、食べもしない魚を殺すのは如何なものかと釘を刺しつつ、どのような感じで鯉が浮いてきたかとか、岩は砕けたかとか、ハンマーをどこから手に入れたかとか、僕の経験に一々感心してくれた。曰く、私も一度やってみたかった。大人になったらさすがに出来ない。
 僕は成人しても川の岩をハンマーで叩いているものだから血は争えないというか、母の欲望を形にしてしまうアクティブな新世代である。まあ茅子ちゃんが泣きそうになったのだから仕方ない。
「トレッキングやばい山怖い」
 古風な名前と裏腹に今どきの喋り方で膝を抱える茅子ちゃん。就職活動は意外にも古参精密機器メーカーの人事部に決まった。アパレル系とか華やかな方面と予想していたのだけど。
「四大出て販売職とかさあ」
 仰る通り。
 登山道を外れ、川に辿り着いたはいいが下っていったら断崖絶壁に行き当たった。日は落ち脇道も見当たらない。道に迷う予定も覚悟もない僕達はチョコレート以上の非常食を持っていない。
 けれどチャッカマンは用意しており、近くに枯れ木も山ほど転がっていたので山の何かを焼けば一晩くらい越せるだろう。
 ここで一つ格好良い所を見せておけば卒業後の仲にもポジティブな影響をもたらすこと間違いなしと、僕は十四年前の瓢箪池を思い返す。バックパックからお守り代わりのハンマーを取り出す。川に入り岩を叩く。
「ほら、魚!」
 魚は次々滝を落ちて行った。
 翌朝、滝壺に浮かんだ魚をお坊さんが見つけ、僕達も救出されたが、以来茅子ちゃんとは何とも言えない間柄である。



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