第134期 #1
「このようにメンデルは自らエンドウを育てることで、優性の
法則を発見しました。そしてこのとき現れなかった性質を劣性と
いいます」
中学の理科の授業で初めて優性の法則を学んだとき、
私はとても大きなショックを受けた。
私は劣性だ。そう思ったからだ。
私のお姉ちゃんはお母さんと同じように釣り目でぱっと目をひく華やかな顔をしている。
でも私はどんぐりのような細くて丸い目で顔だちも平凡だ。
似てないね。人からそう指摘されることはしょっちゅうで、私はそれがとても嫌だった。
どうして私は優性になれなかったのだろう。
そう思いながら肩を落としてとぼとぼと家に帰った。
お姉ちゃんのこともお母さんのことも大好きだけど今日は顔を見たくなかった。
ゆっくり歩いていたけどそのうち家に着いてしまった。
「ただいま」
そう言って玄関の扉を開けると、笑顔のお母さんがキッチンからひょっこりと
顔をのぞかせた。
「おかえり。おやつ食べる?」
いつもと変わらない優しいお母さんの姿に、私は思わず泣きだしてしまった。
「会いたくないって思ってごめんなさい…」
そんな私の姿を見たお母さんはエプロン姿のまま慌てて飛んできた。
「どうしたの?どっか痛い?」
「ううん…」
泣きじゃくる私が落ち着くのを、お母さんは私の頭をそっと撫でながら
待っていてくれた。それで私は安心していつの間にか涙は止まっていた。
私の話を聞いたお母さんはおいでといって押入れのある部屋に、
私を連れて行った。そして押入れの中から古びたアルバムを取り出した。
それを見て私はすごく驚いた。
「この人私にそっくり」
そう呟くとお母さんは私を見てにっこりと笑った。
「これはね、私のお母さん。だから志穂にとってはおばあちゃんね。
志穂が生まれる前に天国に行ってしまったの。とても優しい人だったわ。
明るくていつも笑っていた」
「そうなんだ…」
「だからねそういうおばあちゃんに似てる志穂のことを、志穂は
もっと好きになっていいと思うの」
アルバムの写真の中のおばあちゃんは、腕の中に赤ん坊だったときの
私のお母さんを抱いて私にそっくりの丸い目を細めて嬉しそうに微笑んでいた。
見ているだけでおばあちゃんのお母さんに対する愛情が伝わってくるような、
そんな表情だった。
一度も会ったことの無いおばあちゃん。お母さんを愛情いっぱいに
育ててくれたおばあちゃん。そのおばあちゃんと似ている私の顔を、
私は前よりちょっと好きになった。