第133期 #11

どうかわたくしに!!

市の広報誌に掲載されていた「良妻賢母講座」の講師紹介の先生の写真に私は一目ぼれしてしまいました。

 私があんなにときめいたのは、結婚3年後に出会ったドラマ「愛してくれとは、云えなくて」の主演俳優を目にした時以来だったと思います。あのときも私は、俳優さんが画面に登場するや否や、俳優さんに一目惚れしてしまったのでした。たしかあのドラマの放送終了後、あの俳優さんは、相手役の女優と電撃結婚して、二人して芸能界を引退してしまったのでしたっけ。なんでも相手役の女優の実家の温泉旅館を継ぐとかどうとかいって。当時、連日ワイドショーで面白おかしく取り上げられていたのを、今、思い出しました。先生は、どこかあの俳優さんに似ていらっしゃるかもしれませんね。あの俳優さんが年齢を重ねて、渋みが加われば、ちょうど先生のような感じになるのではないかしら?今、ふとそんな気がしています。


実は、今まで私は、先生のお名前を声に出すことも文字にすることもできませんでした。なんだかとても、はしたないことをしているような気がして、どうしても、どうしても、できませんでした。先生のお名前は、いつも私の胸の一番奥に大切に仕舞いこんでおりました。そして、時々、先生の講義を拝聴しながら、心の中だけでお名前をお呼びしては、こっそり頬を赤らめたりしていたのです。それは、それは、私にとり、何よりも何よりも幸福で愛おしい時間でございました。

しかし、時の経つのは早いもの。講座は、今日の「良妻賢母たる携帯電話の使い方」が最後になってしまいました。ということは、先生にお目にかかれるのも今日で最後。

ですから、先生、私は心に決めたのです。

今日のロールプレイングでは、なんとしてでも、なんとしてでも、先生と携帯電話でやりとりする良妻賢母役を勝ち取りたいのです。まっさきに手を上げ、その役を買って出るつもりです。もし、希望者が私だけでなく、他の誰かとその役を奪い合わなければならなくなってしまったとしても、私は、けして自分からは譲らないつもりです。正々堂々と闘います。たとえ相手が、日頃から主人が大変お世話になっている鈴木営業課長の奥様でも、永沢管理部長の奥様でも、今回ばかりは譲れません。ただ、ただ、じゃんけんにもつれ込まないことだけを祈るのみです。

誰にはばかることなく、堂々と、先生のお名前を口にしたい。

最初で最後に、先生のお名前を。お名前を。



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