第131期 #1

海月の話

 ちゅるりっ

 とてもすべらかで弾力のあるものが、前歯にその感触を残して、咽喉を通っていった。
 なんだったのだろう。
 水饅頭のような形だった。
 マカロンと同じくらいの大きさであった。しかしもちろんマカロンとは違いホロホロ崩れるお菓子ではなかった。
 舌で確かめる前に、ひゅっと通り過ぎてしまったので、味もしなかった。
 ただ前歯にその触感だけが残っている。
 ぷつりとアメリカンチェリーに歯をたてた時に感じる、果皮の適度な抵抗に似ていた。
 けれど果皮を食い破った感覚はなしに、飲み込まれていった。
 そう。
 私が飲み込んだのではなく。
 もっと能動的に飲み込まれていったのだ。
 意思があったのかもしれない。
 ひょっとしたら、私へ入っていったのは海月かもしれなかった。
 弾力も。
 形状も。
 なにより透明だった。
 そう考えると納得がいった。
 海月はなぜ自らすすんで私の中へなど入って行ったのだろう。
 私は選ばれたのか。
 それとも、この猛暑の中、干上がってしまう危険に迫られやむなくということも考えられる。一時避難所に使われたのならば、休憩料くらいはいただきたいが、海月に見返りを期待するのは酷な気がする。
 もし棲家として選ばれたのならば、海月は私の中でスキフラ、ストロビラを経て分裂し、エフィラに成るだろうか。
 そうして巣立っていくだろうか。
 神は七日かけて世界を作られた。いや、六日で作って、最後は休まれたのだったか。
 私と海月の場合はどれくらいかかるのだろう。
 ふいに、水が足りないかもしれないと思い立った。
 この熱の溜まる中、涸れかけているのは、私も同じだ。
 外に出ていく水分に加え、内からも水を必要とされたとなっては、みるみるうちに干上がって木乃伊になってしまう。そうなれば、海月も同じ運命を辿ることになる。
 体内に海月を飼っていた珍しさから即身仏扱いにされ、どこかの寺であがめられるかもしれない。
 そんなのはごめんだった。
 私は、荼毘にふされたい。エンもユカリもない不特定多数の誰かの祈りを引き受ける程の大きな慈悲は持ち合わせていない。
 慌てて、コップに水を汲んで飲み干した。
 ゴクリ、という音が妙に大きく自分の耳に響いた。



Copyright © 2013 末真 / 編集: 短編