第130期 #6
「拝啓
雨の止まない毎日が続いていますが、お元気でお過ごしのことと存じます。
急ではございますが、私の村の話を聞いてください。
それは、そやそやと、絹糸のように続く雨から始まりました。
しめやかな雨の膜は私の村をすっぽりと覆い、次第にじっとりと村を濡らし、黴た空気に私の子供達は一人一人倒れていきました。お葬式の日は晴れませんでした。他の人達も子供達もいつまでも燃やすことができず、そこから新しい病が流行りました。
雨はいとも優しく厭らしく私たちの村を包んで侵し、村のすべては柔かに腐っていきました。家も鍬も畑も牛も地面すらも澱んだ灰色に塗り替えて、止むことのない雨は続きました。
不思議なことに、村から少し離れれば、雨はぴたりと止んでおりました。
異変を察して早々と村を出た者達は二度と戻ってきませんでした。
幾人もの学者が雨の止まぬ理屈を調べに訪れては、止まぬ理屈を述べたいように述べて去っていきました。
そして形があるものは雨に崩れ、残骸の中に残った私達は何をする気力もなく降り続く雨を呑み、木切れから生える茸や草をかじって暮らしていました。
「この雨は悲しいほど寂しい味がしないか」と誰かが感傷的な共感を求めましたが、この雨がただの水であることだけは皆知っていたので、応えるものはいませんでした。
それから数年、何をしても雨は止まず、一人また一人と村は小さく死んでいきました。
それでこうして村に残っているのは私だけ。ですから、ここはもう村ではありません。水で覆われる墓です。私はその墓に入る最後の人間です。
分かっています。この村に降り続く雨が、他の村々にとってはこの上ない恵みの雨だと。
だからこの雨を止める気持ちは、本当は、どこにもないのです。早く気がつくべきでした。早く逃げ出すべきでした。
でももう遅い。
この手紙を皆さんに送るのは、皆さんに覚えていて欲しいからです。
あなた達が過ごしやすく生きるために、見殺しにした私達と、私達の村のことを。
あなた達が使う水、私達の村から運び出した水の一滴一滴に染み込んだ私達の村の腐った苦しみと悲しみをいつまでも覚えていて欲しいからです。
こんな惨めなことをしている私をどうか許してください。
私達に同情の声をかけたその口で、甘い汁を啜り続けたあなた達なら、許してくださると信じています。
それでは、皆様どうぞお体ご自愛のほど。 敬具」