第130期 #4

信仰

 オバマが言った。
「あなたたちの希望が断たれたことに国民皆が悲しんでいる。襲いかかった被害は甚大である。しかし、既に復興は始まっている。あなたたちはきっと立ち上がれるだろう。希望の火は消えていない。わたしたちはあなたたちが立ち上がれるとずっと信じている。そして必ず祈っている」
 僕はこの翻訳の日本語らしからぬ響きが、単純にカッコいいと思う。大統領を英雄の象徴と感じるのは広告戦略からくる効果なのか、純粋な信仰としてからなのか、きっと、陛下がひざまずく映像を見るだけで涙が出る感情と同じものが米国民にもあるのだと思う。大統領は不死身なのだと思う。
 うつつの中。
 母方の実家からさらに山間に入った集落。帰省した日が祭事の集まりと重なった。祭りは夕刻からである。昼飯を食べた今は何もやることがない。もちろん一通りの所作(何かお手伝いしましょうか云々のくだり)はこなしてみたが、例のごとく片付けは女の役目で、男たちは男たちで公民館に設置した櫓(やぐら)にぼちぼち集まり、元来手伝う気さえそぞろな僕はひとり取り残された形で、不死身の大統領を想っている最中なのだった。

「どうぜ」
 割烹着の女がひとり冷たい麦茶を運んで来た。女は三十を少し過ぎたあたりに見える。健康そうに日焼けした顔はオバマに見えなくもなかった。
「どもです」
 出されたお茶を一口すする。
「どげぇすかなぁ、ここらの茶だですげぇ」
 なまりが激しく言葉の意味を解釈するのに一瞬感ためらった僕は「お茶も採れるんすか」と尋ねてみた。
「出荷するもんじゃねぇげぇがすか」
 そう言ってお盆を抱え立ち上がった女はか細く笑いながら他の女たちのいる奥の台所へ引っ込んでしまう。
「あらあ、でもどりだんべ」
 いつの間にか背後には老婆がいて、老婆の膝には猫が座っている。
「惚れよっしたっか」
 老婆の背後にいた初老の女が言う。初老の女は繕いをしていたが、この女もいつからそこにいたのか定かではなかった。見渡すと、先程まで誰もいなかった畳敷きには幾人かの女がいた。もちろん男たちは公民館にいっているからここにはいない。僕は何だか小っ恥ずかしい気持ちになり、あらたまってまたお茶を一口すすった。
 さて、こんなにも人がおったのか。考える僕の横には先程老婆の膝の上にいた猫がいて、まっすぐこちらを見ている。僕が猫の喉をちょろちょろなでると猫は例のごとくごろごろした。



Copyright © 2013 岩田 健治 / 編集: 短編