第13期 #8

ペイント慕情

 恰も不釣合いな孤児のように栗色の空を漂う白鷺が羽根を休める閉鎖灯台、錠剤・酒瓶・避妊用具。世界を統べる三人の王が机に鎮座ましまし、級友は私を突付いた。指から流れるちぎれかけたパッチワーク、二年の月日が呼び出した怠惰な石版、錠剤を流し込み、ペニスの変わりに温かな息を吹き入れると、教室は浮かぶ島となり私たちは、揺れに揺れた。 裁縫から縫合への大いなる飛躍と意訳が世界の稜線を描くような、つまりは精神を縁取るような、彼方霞む橋が、誰も乗せずに伸びている。 高台の学舎から私は滑走する。ブリーツスカートから波が消え、進行方向真逆に流れる毛先から、朝のニュースが飛び出していく。昨日は無い。死を含んだ明日は遠すぎる。風はただ恣意的なスピードに身を委ね、君なんてどこにもいないと知った時、ブレーキはなかった。ただ、赤信号で私は停止した。停止線を少しはみ出した。 明かりの無いサウンド・フロアは魚のにおいを運んで来た。それが疫病を含んだ爽やかな高原の風に吹かれくるくる回りはじめると、今夜が夜景から電子部品を想起するこの重層の、その反射神経への供物に、確かに思えた。ふいに、音が震わせた。夜が更けていった。避妊具に空気を吹き入れフロアに投げ入れると、乾いた音と破れたゴムが、床に投げ出され転がった。私は笑っていた。大いに笑っていた。体温を測ると平熱だった。時間は平日の11時だった。 ただそこには何も無かった。というには遅すぎた。 明日は君に会えるといいな。私は恋をしている。 白鷺が橋を飛んでいき、彼方の君を捕まえる。



Copyright © 2003 味噌野 芳 / 編集: 短編