第125期 #5

鼻男

その男は極端だった。いや、思想とか所作とかいうのはいたって凡庸である。男の極端というのはその鼻である。顔の下半分を覆うそれは男のことなどお構いなしに執拗な自己顕示を続けている。もはや顔に鼻が付いているというよりは、鼻に顔が付いているといった具合である。男はひどくこの鼻を嫌い、最近そこに疣ができ始めたとあったから、益々その傾向は強くなった。
ある日男は遂に辛抱たまらんと思ったか、火鉢で黙々と熱した鉄鋏で、チョンと鼻先から少しばかりのところを切り落とした。それから、ふと男は落ちている自分の鼻先をひょいと拾い上げた。するとまるでどこぞの悪徳将軍を討ち取ったかの様な快感に飲み込まれ、知れず黄色い歯が溢れるのだった。男は今度、更に大胆にザクザクと切り始めた。
女中は飯の支度ができたので鼻の主人を呼んだ。しかし返事がない。はてと思って主人の部屋の襖を開けてみると絶句した。
男は満面の笑みで絶命していた。享年96歳。大往生であった。



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