第125期 #17

慕ってくれるひとが好き

 視線をとらえて顔を上げたら、高木くんがわたしをみている。
 わたしは「はてな」と思った。わたしは高木くんと話したこともないから。
「紅野さん、なんの勉強してるの?」
「ん……? 現国。さっきの復習だけど」
 高木くんは生返事をかえしながらわたしの机を覗き込んだ。
 わたしのノートはわたしの文字。先生の話。気に入っているシャーペン、と消しゴム。筆入れ。
「すげ。ノートも字も綺麗だ。俺のとは段違い」
 "俺"はさっきの時間寝ていたけどね。
「ありがと。それで、なに?」
 すると高木くんはきょとん、と意外そうな顔つきをした。
「いや、ゴメン。なんか何書いてるのか気になったから訊いてみただけ。気にしないで」
「ふうん。別にいいよ」
「じゃ」
 彼は前に向き直って、机から文庫本を取りだした。
 わたしも気を取り直してシャーペンをにぎった。
 今度は背後から肩を叩かれた。「またか」と思った。明奈だった。
「どうしたの?」
「こんなものがあります」
 明奈が薄青色の便箋をわたしの眼前でぷらぷら振る。
 ニヤニヤしている。
 薄々と、嫌な予感がして、わたしは受け取らなかった。
「なによ、警戒してるの? なんでもないよ」
 今度はちゃんと差し出されたから受け取った。
「後輩が『紅野センパイにお礼を言いたい』から手紙を書いたって。渡してください、って頼まれたの。ちゃんと渡したわよ」
「え、なにそれ」
「わたしは知らないわよ。また惚れられた?」
「やめてよ。この前も後輩にチョコレートを渡されたんだよ」
 予測通り爆笑する明奈はやっぱりにくたらしい。
 手紙をひらいた。いつか通りがかりに荷物運びを手伝ったことへのお礼だった。
 そんなこと、すっかり忘れていた。
「だからモテるのよ」
「でも、明奈が居あわせたら、やっぱり手伝うでしょう?」
「そりゃね」
「でもわたしだけモテるの」
 わたしにとってはあまり笑えることではないけど。
 けれど手紙は嬉しい。感謝を伝えられることは、あまりないことだ。
 それが文字になっていることも、わたしは嬉しい。
 結局復習は捗らなかった。次の時間は世界史。明奈はたっぷり先生の到着までねばったし。
 そしてわたしの机には教科書とノート、ひらいた手紙。
 なんとなーく、高木くんの一言が思い出された。
 ノートの余白に返信をつくることにした。これは彼には見られない。
 あのこも書き物を隠していたのかな。尋ねてみてもいいかなあ。



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