第124期 #1
時計の針は、11時をさそうとしていた。午後の11時だ。あたりは当然真っ暗で太陽のたの字も見当たらない。
そして寒い。とにかく寒い。顔にぶつかってくる向かい風(冷たいを通り越して痛い)にあらがいつづけ、やっと家の前までたどり着いた。
耳の感覚は既にない。自分で見ることはできないが、赤くなっているだろう。
これはもう北風小僧のかんたろうレベルではない。冬将軍の御降臨だ。将軍様の御前においては、コート1枚の防御など装備していないのと同義なのだ。
今日がこんなに遅くなるとわかっていれば、なにか対策を講じたのに。後悔にさいなまれながら、耳と同じく感覚のない指でコートのポケットから家の鍵を取り出す。
「うううう……」
悪いことに、夕飯を食べていない。腹に何も入っていないので体力的にも精神的にも余計に寒さが身にしみていた。とりあえず玄関あけたら炬燵はいって暖かいご飯が食べたい。
「ただいま」
「あ。お兄ちゃんオカエリ」
やっと吹きすさぶ風の抵抗からまぬがれ、ほっとしながら室内に入ると、台所に向かっていた妹が気がついてうれしそうに続けた。
「ちょうどよかった! 見てみて。今完成したの」
ヒロミが示した先にあるものをみたオレは絶句した。あやうく手が出そうになっておし留めた。
すらりと脚のあるガラスの器。プリン。チョコレートケーキ。カットオレンジ。バナナ。ホイップクリーム。ぎっしりと詰め込まれたバニラ、チョコレート、チョコミント、ストロベリー各種アイスクリーム。仕上げに、真っ赤な双子チェリーと、チョコレートソース。極めつけはチョコレートがけのプレッツェル。完璧に完全に豪華極まりないパフェがそこにあった。
「なんでだー!!」
オレは外で凍えてかじかんだ手を懸命に握って訴えた。
「なんで、どうして、こんな……、こんな芯から凍えてしまうような夜更けにこんな完璧なパフェなんだー! なんでお前はそうなんだ! ああ、やっぱり答えなくていい! もうお見通しだ。どうせ「食べたかったから」で済ます気だろう。冬将軍に微々たる抵抗もできず身も心も無残にやられた兄をいたわる気持ちがひとかけでもお前にないのは、もうわかっているんだ!」
「ちがうよ、お兄ちゃん!」
ヒロミが悲痛な声をあげ、ゆっくり首を横にふって続けた。
「パフェじゃなくて、プリン・ア・ラ・モード」
「どっちでもいい!」
オレは涙をにじませながら炬燵に直行した。