第122期 #16

祈りの場所

 所長に古い顧客データを取って来るよう言われ、二つの鍵を手に、倉庫へ向かった。
 大柄な方の鍵を鍵穴に差し込んで、白く重い扉を開く。壁にあるスイッチを入れる。目を刺激しない程度の光が点く。後ろで扉が重たく閉まった。
 キャビネットと棚が列を成している。それらに貼られた、年度や顧客の種類を表す文字を見つつ、奥へと進んでいく。分けられているようで、煩雑で、意味の重なっているところが多い。倉庫内をぐるりと回り、二週目にして目的のファイルのあるキャビネットを見付つけた。
 二つ目の小さい鍵を、鍵穴に差し込む。中の棚に段ボールの箱が並んでいて、一つひとつにファイリングされた顧客データが入っている。一つずつ取り出して、名前を確認していく。
 人の身元を探る、嫌な仕事に就いたものだ。給料も安い。高校生の時に、もっと勉強していればよかったのだろうか。どこも同じかもしれないが、どこも同じと言われたところで、今の仕事に対するやる気が出る訳もない。
 はけ口のない生活に閉じ込められていると、妙に人は心神深くなっていく。そんな相談者をよく見る。風水や占い、短期間に効果を求める人もいれば、もっと長期間を見据えようとする人もいる。激しいと家の宗教を変えたり、人生という単位を超えようとしたりする。
 誰も先への不安を消すことはできない。自分もシンシンブカクなってみようかと、帰路の途中にある、石仏に手を合わせるようになった。何かを願って望むのも虚しく、ただ一日一日、きょうを過ごせたことに感謝をしてみる。すると鬱屈した一日の終わりに、風を吹き込むようにして、心をリセットできることを知った。
 一つの神以外信じず、また偶像崇拝を許さずに、一つの方向へ祈りを捧げる人もいる。対象は大きくても小さくてもいい。対象があると祈りやすい。祈りを拒む人は、対象を持つことを好まない。宗教という枠組みの中で、いくつも小分けにされている。対象が違っても、祈る行為に変わりはない。
 こんなことを思う。胸の奥にUの字のポケットがあって、一つ祈ると、そこに一つ宝石が収まり、溶けて、心に幸せが広がっていく。十字を切ったり、額を地面に付けて祈る人も、同じUの字のポケットを、心に持っているのだろう。
 閉ざされた倉庫の中で、心のポケットに宝石を入れてみる。きょうという一日を捉え、人生を俯瞰する。


 仕事に戻ろうと、急いでここから出ることもないと考える。



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