第122期 #11

世界崩壊日和

「何で公園にしたの?」
 ベンチに並んで座り、彼女が僕に聞いた。午前十時を少し過ぎたくらいの秋の公園は静かで、僕らの他に人の姿はなかった。目の前にある学校のプール三杯分くらいの池は、冷たい空気の中で澄み切っていて、背の高い針葉樹の列を映している。杉の木だろうか、赤く紅葉していた。
「最後くらいいつも通りのほうが良いと思ってさ」
 僕は彼女の方には向かずに、ベンチの前に落ちていた葉っぱを拾いながら言った。
「どうせ遠くに行くのが面倒だっただけでしょ?」
「それもあるかもね。でも――」
「でも?」
「今さらどこに行ったって変わらないよ」
 僕がそう言うと、彼女は短いため息をついて雲一つない秋の空を見上げた。太陽はゆっくりと昇っている最中で、一日のはじまりはこれからといった感じの陽射しだったが、その光の輪の中には見慣れない黒い斑点が何個か浮かんでいた。太陽の大きさに比べれば、それらは小さな点に過ぎなかったが、ペストの初期症状のように不吉な印象を僕らに与えた。「ねえ――」と彼女は呟いた。
「本当に明日、世界は終わると思う?」


『――我々、あなた、話し会いした。お互い、代表者、闘い、あなた、破れた。約束従って、我々、あなた、全体、支配する。十三回、光、昇るとき、始める』

 これが二週間前にアメリカ経由で全世界に発信された文章だった。『彼ら』の言葉を英語に直し、それをまた翻訳し直したわけだが、問題はこれがアメリカ政府から正式に発表されたものだということだった。この発表は世界中に混乱を招き、人々は怒りと疑問の声をぶつけた。我々とは? 代表者とは? 支配とは? そういった質問の正確な答えは説明されなかったが、「二週間後に侵略の恐れがある」と天気予報のように宣言した。日本でも、連日ニュース番組やネット上で大議論がかわされていたが、お国柄なのか暴動も略奪も起きず、大多数が何も出来ずにうろたえるばかりだった。――そして明日で宣言から二週間になる。


「――それはわからない。でも僕らに何が出来るっていうんだい?」
 と僕は彼女の質問に答えた。
 発表された文章の『十三回、光、昇るとき』という部分が本当に二週間後を意味するのか? という論争が世界中で巻き起こった。僕は『二週間後という意味ではない派』を支持することにしたが、彼女にはそれを伝えなかった。太陽の中の小さな影はじりじりと大きくなっているように感じた。



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