第121期 #1
最近の風邪はお腹に来る。かかりつけの内科医は毎回言う。すぐにでも寝転がるかトイレで一服入れたいところ、余裕綽々笑いながらカルテなど書かれると温厚な私も多少苛立つものだから、先回りして胃薬下さい下さいよ下しているんですよと連呼したらばあちらも気に障ったかしらん、悩む振りをして普段より詳しくカルテを書き綴り、初めて見る薬をいくつもくれた。診察料がいつもより高かった。
おい、それって許されるのかよ。
とまで爆発する気力も体力も残っておらず、ママチャリに乗ってよたよた帰宅の途についた美人OLの私である。美人も髪の毛ぼさぼさでジャージにTシャツでは格好がつかない。早く熱を下げてシャワー浴びて、せめて汗臭さだけは何とかしなければ。
春海は外せない飲み会があるとかで、看病半ばに出社してしまった。夜遅くまで帰って来ないだろうし、戻ったら戻ったで酔っ払っているから私を構ってくれるはずもない。来月で同棲丸三年。刺激の欲しい時期である。
不穏に唸る腸をなだめ、ドラッグストアで冷却シートとスポーツドリンクその他を買い込み前籠へ放り投げるとハンドルは右へ左へ大きく首を振る。安いから、ポイント五倍だから、いずれは役に立つだろう。言い訳片手に余計な物まで買ってしまう。夏風邪を引くような馬鹿は、熱が出ようと小市民さを失わない。
嗚呼、ハンドルが重い。掌から滲む汗はグリップを鈍らせ、重い前籠は危なっかしく揺れる。ブルーレーンを蛇行するのは自殺行為だし、かと言って歩道は人に迷惑をかける。仕方なく裏道に入ったら昼の殺人日射が私を襲う。脂の浮いた額が更に湿って前髪を吸い付ける。自転車はふらついてさながらロデオの様相である。
摂氏三十五度を上回ったら猛暑日と呼ばれるらしい。何年前からか天気予報で聞くようになった。このまま温暖化が続けば四十度は酷暑日、四十五度は殺暑日、五十度は滅暑日と進化して行くかもしれない。
家に戻り、薬とスポドリを飲んでベッドに倒れ込む。暗転。
「二次会で寿司!」
陽気なメールに起こされた。春海だ。寿司か。風邪の私には関係のない話なのだが羨ましいは羨ましい。
冷やしておいたお米で茶漬けを作ってすする。美味しいけれど、寿司には敵わないのだろうなあ。と、思ったら寂しさ募り、涙が滲んで来て、更にかっ込んだら胃が飛び上がる。畜生。早く帰ってこいよ。春海。
何しろレズは一人になると人一倍寂しい。