第120期 #5

巣立ったカッコーはどこへ羽ばたいた

 私はその肉塊が、肉塊と呼ばれるに相応しい形状になったその瞬間、肉塊にかぶり付きました。肉塊には多量の血液が滴るほど含まれておりましたが、私は一心不乱にかぶりついたのでございます。大変おいしゅうございましたよ、と問いかけたところ、辺りに散乱する羽毛群がふわりと揺らめいたのでございます。まるでその群生に意思が存在するかのように揺らめき踊り始めました。しかし、そんなはずはございません。だってほら、風はこんなにも穏やかですし、これらに意思があるはずは無いのです。ではなぜ羽毛は動いたのでしょう。あなたはなぜ揺らめいたのと問いかけても、当然言葉はかえってきません。かえってきたのは言葉にし辛く、醜悪で汚ならしく吐き気を催すほど邪悪で禍々しい音の塊でした。私には到底言葉に出来ません。その音の塊を言語に変換し命を与える事で、私もあのような邪悪な塊を他者に投げ続ける事で、自分の存在を確立しようとする化け物の一部に囚われてしまいそうで怖くなったのです。私はこの化け物を絞め殺しました。化け物が喚き散らす罵詈雑言を私の頭に染み込ませないために、叫び続けながら首を絞め続けました。化け物は口から血泡を吐きふわりとゆれる肉塊に変わりました。私はこの化け物に打ち克ったのです。あぁなんと晴れ晴れとした気分なのでしょう。まるでこの世界の全てが私を祝福してくれているかの様に小鳥たちが歌い始めました。緑々とした木々たちもそれに負けじと踊り始めます。あの太陽も大きな地平線も草も木も小動物も全て。もう私を縛る鎖はございません。いま、全てが解放されたのです。

 まさしく陰惨で痛々しい。男はさる地方都市の療養所、特別病棟に佇む。ドーム状の室内は青い空と蒼い海、鬱葱とした草木が生い茂る。患者の精神安定を目的としたアートセラピーの一種なのか。ドームはかなりの面積で、遠目からみれば本物と区別がつかないほど精巧に描かれている。しかし、この世のありとあらゆる赤が交ざり合い赤一色で造り上げられた黒色の飛沫や塊が、男の気を陰陰滅滅とさせる。ある患者がこの陰惨な痕跡を残し、施設を逃亡したのだ。手配用に借りた患者のカルテには2Mの大女が写っている。肩や二の腕の筋肉が隆起し、太ももは女性の胴ほどもある。女の握力は200Kを越え100を11秒台で走るのだそうだ。男は勤務中にも関わらず、隠し持っていたバーボンを口に含み偽物の空を見上げた。



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