第120期 #18

すきすきすし

 「馬鹿は夏風邪を引く」というフレーズがぐるぐるぐるぐると頭の中を回っている。いやその言葉の本当の意味は、馬鹿は冬かかった風邪に夏ようやく気が付くという意味だ。知ってる。そんなことよりおなかが痛いのだ私は。このくだりは何度目だ。何度も何度もぐるぐる。まるで回転寿司のようだ。そう回転寿司だ。家族に連れられて病み上がりに回転寿司に行ったら食べ過ぎてしまったのだ。おいしすぎたのだ。その結果がこれだ。下痢と、ぶり返した風邪による鼻水と咳だ。上から下から出しっ放しだ。私はかわいそうだ。汚いしかわいそうだし涙が出てくる。出てくると言えば回転寿司にあるお湯が出てくる蛇口。あれはいいものである。好きなだけお茶が飲める。家にも欲しいと本気で思っている。
 便意が来る。腹痛には波があるものである。何回か小波が来て耐えたと思ったら大波が来るのである。サーファーなら喜ぶ。私はだるい体を引きずって便座に座る。ああ、私の食べた寿司が出ていく。大した栄養にもならずに出ていく。私の血となって体内を回るはずだった寿司が。悲しい。多分今出て行ったのはイカだ。最初に食べたからだ。ご存じの通り私は最初にイカを食べる。それ以外のこだわりは特にないが最初にイカを食べる。イカはイカなら真イカでもヤリイカでもなんでもいいし大葉が挟んであっても塩ゆずが乗っててもいい。あとは自由行動である。心のおもむくままに食べる。最近のかっぱ寿司は新幹線で寿司がやってくる。カピカピでない寿司がすぐに食べられるのでみんなあれを使う。もういっそ新幹線を三本くらいに増量してくるくるのレーンは廃止したらいい。地球にも優しい。
 しかし出せば出すほど体が楽になっていくというのも皮肉な話だ。つやつやしたイカもぷりぷりしたエンガワもこりこりしたつぶ貝もとろとろした焼きサーモンもどこかへ(私の真下へ)行ってしまった。体は嘘のように楽になった。悲しいことだ。ベッドに横になる。私は夢を見る。
 レーンから皿を取る。今回はホタテとする。そうしたら、まずはネタごと寿司を箸で倒す。寿司はコテンと倒れる。こうすればネタとシャリをがっちり掴めるし、おまけにネタにだけ醤油を付けられるからシャリが醤油まみれでボロボロになるなんてことが無い……。


 あの日、おいしさだけを抜き取られて私の体を通過していった寿司のことを、なぜかよく思い出す。その度になんだか無性に悲しくなる。



Copyright © 2012 伊吹羊迷 / 編集: 短編