第12期 #26

 砂嵐吹きすさむ中、エアスクーターにまたがり道を真っ直ぐに進むと目印の一枚岩が現れて、家に到着すると、安堵感が身体を満たし、砂が入らないように慎重にドアを開けた。

「ただいまあ。」

 出迎えに妻の顔を見ると、幸せでいっぱいになる。おかえりのキスを貰って、僕はソファーに座りビールを待った。冷えたグラスと冷えたビールと冷えた枝豆と妻の笑顔があれば、もう僕は何もいらないよと妻に言ったら、妻はまんざらでもなく早くもアルコールで耳が真っ赤になっている。

「そうそう、今日こんな話聞いたよ。」

妻が、ビール片手に言い出した。
僕は、頷きながら話を促すと彼女は語り始める。

 この世界のすぐ横に、また似たような世界が存在する。それはつまりはパラレルワールドであるのだが、彼女の話は剥離について語られている。

「隣の世界のヒトはね。箱いっぱいにお湯を張るんだって。そしてその中に入って、皮膚の汚れを落とすの。皮膚から小さな汚れがポロポロ落ちるんだってさ。気持ち悪くない?」

確かに気持ち悪い。
だいたいなんでお湯に入らないとならないんだ。ポロポロと皮膚が取れる様を想像して、酒がすすまなくなってしまった。

「ごめん。ちょっと剥離してくる。」

妻の申し訳なさそうな視線を背中に感じながら、僕は剥離室のドアを開けた。

 カラカラに乾いた状態に保たれている剥離室に掛けられている爪を取り出すと、吐き気を我慢しながら腕に着けた。壁にあるスイッチを押すと爪の先端が光りだす。レーザーを額の真ん中に押し当てると皮膚は焼け、穴があき、血が飛び出す。顔をつたるドロドロの血をそのままに、顔に沿ってゆっくりと爪を下ろしていく。さらに勢いを増したドロドロの血は、とどまることなく溢れてくる。そこに両手を差込み、一気に左右にひっぺがす。水平に飛び出した血の流れは、一気にタイルで覆われた壁を赤く、赤く。次に顔の皮膚を持った手をゆっくりと肩まで下げる。血の勢いは弱り、さらさらと流れるままになった。鏡を見るとつるつるになった顔を覗かせる。剥離って気持ちが良い。

突然思い出した。
会社に書類を忘れてきてしまった。
急いでジェルを身体に塗り、余った皮膚を溶かす。

「わりい。会社に忘れ物した。出張に必要なんだよ。ちょっと行ってくる。」

 妻の返事も聞かずに玄関を飛び出した。砂嵐のことを忘れていたせいか、玄関に砂が大量に舞い込んだ。


Copyright © 2003 荒井マチ / 編集: 短編