第12期 #24
サトミが時間にルーズなのはいつものことだが、映画を一本遅らせるほど遅刻したのは初めてだ。映画館の向かいの喫茶店で時間を潰していると、サトミがガラスをコンコン叩く。走りすぎだろうか、顔が青い。コーヒーの会計を済ませ、喫茶店の自動ドアのセンサーに手をかざす。サトミのいつもの癖だが、いつのまにか俺にも伝染したらしい。
午後の上映のため、映画館に入った。講義をサボって平日に来たので、映画館はガラガラで俺達以外に客はいない。平日にいる俺達のほうがおかしくて、これが正しい姿だろうと思うが、エンターテインメントの行く末が気になる。
映画が始まった。もしかしたら客が入ったかもと思い、何度か後ろを見たが、映写機の光の影しかなかった。おかしいのは、確かに俺達だ。つまらない。貴重な平日を潰すような映画ではなかった。もう一度後ろを見た。誰もいない。サトミは観ているのだろうか、そう思ったら、サトミが俺の膝に手をのせた。サトミも同じか。退屈しのぎに、キスしてみた。なぜかサトミは放してくれない。
「おい、映画館だぞ」
「誰もいないよ」
サトミが俺のシャツのボタンをはずす。やけに潤んだ目に、映写機の影が写る。いつもと違うサトミと、映画よりもおもしろいこの状況に、つい俺もノってしまう。サトミは俺に乗り、流れるセリフをBGMに腰を振る。大画面をバックにしたサトミは、やはりいつもとは違う。うっかり空のコーラ缶を倒した。からからからからと音が響く。
エンドロールが流れる。ひどく疲れた。隣を見ると、さっきまでぐったりしていたサトミがいない。照明が入った。やっぱりサトミはいない。先に出たのだろうか。ジッパーを上げ、狭い通路にでる。照明が消えた。さっきの映画がまた始まるのだ。俺は少し焦った。傾斜のある道がやけに長い。振り向くと、次回上映作の予告が始まっている。ドアまでが遠い。頭の上に伸びる映写機の光を確認する。俺がいるのは映画館。サトミはいない。
走った。いつまでたってもドアに着けない。映画は始まっている。息が切れ、走れなくなった体を近くの席に投げ出す。呼吸が治まり、唖然とした。前から八列目、さっきの列だ。振り向いても他に客はいない。
「Shit!」
セリフを真似た。俳優と同じタイミングで言う。夕方になれば一人ぐらい客は入るだろう。からからからから、空き缶が転がる音がする。おかしいのは俺。はじめからわかってる。