第119期 #9
うまいッ。うまいんじゃあッ。この、ししゃもッ。わしは子供の頃からししゃもに目がないんじゃあ。おぉ、うまいッ。このふっくらとした腹ッ。……お、おおおおぉ、た、卵まであるとはッ。わしはもう、この世に未練なしじゃ……。チーン。
おじいちゃん!
オリンピックニュースが流れる家族団らんの晩餐で、ご飯とししゃもをむしゃむしゃ頬張っていたおじいさんは、山盛りのししゃもを巻き込んで床に倒れてしまいました。お母さんは慌てて119番に電話。おじいさんがなぜ倒れたのか分からず、電話口で説明にならない説明を繰り返しています。
「親父!」とししゃもにまみれたおじいさんの体を揺さぶるお父さん。七歳の娘と五歳の息子も涙を流して傍らから安否を案じています。
おばあさんのもとへ……。おじいさんがそう思っていたかどうかは分かりませんが、おじいさんは意識を回復しないままやってきた救急車に運び込まれます。ざわざわと出てきたご近所さんたちが心配そうに様子をうかがっています。家族も一緒に救急車に乗り込みます。おじいさんの体に取り付けられる器具類。しかし、無情にも心拍停止を表す音が救急車の中で鳴り渡ります。
「おじいちゃん!」
家族はおじいさんの体にしがみ付いて泣き崩れました。悲痛。悲惨。泣きわめく家族。「失礼!」と、救急隊員のお兄さんがAEDと書かれた箱から機械を取り出し、家族におじいさんの体から離れるよう強く言いました。
ドン!
おじいさんの体が跳ね上がった瞬間、おじいさんの口角が持ち上がり、アゴがしゃくれました。
「えっ?」
「えっ、おじいちゃん?」
「生き返ったんですか!?」
しかし、鳴り響く音に変化はありません。
「……い、いや、まだのようです! もう一度!」
ドン!!
もう一度跳ね上がったおじいさん。顔がまたもう一段満足げな表情へと変わりました。
「ど、どういうこと?」
「ちょ、ちょっと、生き返ってはないんですよね?」
「えっ、いや、あれ? おかしいな……」
みんなは機械の箱に書かれた文字を確認しました。
AED [Automated External Doyagao]
自動対外式ドヤ顔器。心拍停止した人を強制的にドヤ顔にさせて、その場の空気をあやふやにする救急装置。
ガビーン。
おじいさんの体の上に転がっていたししゃももドヤ顔になっていました。