第119期 #7
私はいつも何も言えない。声を出そうとしても、恐怖感から、出ない。
それは他人に自分がどう映るのか、という恐怖感。私の正体は醜い。その姿を見せたら他人は私を認めるだろうか。黙っている時でさえ、彼らは私を蔑んだ目で見るのに?だから私は絶対に自分の正体を見せない。
私は自分の顔を愛している。誰よりも美しい顔をしていると思う。皆醜い顔で可哀想。鏡を見るたびに自分の顔に酔いしれる。この顔だけが私の味方。そしてもう一人、私の顔を愛する人がいた。
彼は、自分が他人から愛されることを自覚している。彼の一言で多くの人が彼に気に入られようと動いた。彼は、「こんなにも愛されるのだから、自分は価値ある存在だ」と信じて疑わない。しかし彼が大した人間ではないことを私は知っている。愚かだとさえ思う。彼はいずれ、自分の実態に気づき、挫折し、暗い気持ちでそれを認めるのだろう。だから、彼を見るといつも笑ってしまいそうになる。
私は、他人からよく馬鹿にされる。母からは、「クズ」「何も褒めるところがない」と、クラスの生徒からは、「きもい」「馬鹿じゃないの」「死ね」と言われている。私は、それを虐待だともいじめだとも思わない。だって親と友だちだもの。私は笑う。優しく美しい笑顔で、受け入れてあげる。
彼は他人に馬鹿にされている彼女が好きだった。力なく笑う美しい顔が好きだった。しかし今、目の前のおびえるような笑顔に、彼は苛立ちを覚える。
彼は彼女に人格を求めなかった。なぜなら、彼女の人格、意志には真っ先に彼を侮辱する柱があったからだ。彼は、彼女の顔だけを愛そうと努めてきた。しかしそれも終わりである。彼は、ポケットから彫刻刀を取り出した。
私は彼を愛している。愛しているから、彼を受け入れる。違う。受け入れているのではなく、何も出来ないのだ。怖いから。「薄っぺら」な彼に「お前なんかいらない」と言われるのが怖いから。私の残りの自尊心を奪われるのが怖いから。違う。私はもう疲れたのだ。何かを生み出す体力も気力もないのだ。そして私は彼を愛していた。
私の鼻先に突き立てられた凶器はすでに鼻の頭を刺し、そこから血が流れ落ちている。鼻血も噴き出している。痛い。私は呻いた。ずぶずぶ。貫通しそう。意識朦朧。何もわからない。視界は暗くなる。最後に私の目に映った彼の表情は、つまらない授業を聞いている時のような、普段と変わりないものだった。