第118期 #2
青い自転車のサドルの後ろに緑のアンブレラを突き刺して、出発の準備は整った。
自転車の漕ぎ方ならば昨日身につけた。傘の差し方だって一昨日覚えたよ。
ペダルを踏めば青い自転車は出発する。ハンドルを捻ればそっちへ曲がる。ブレーキを握れば自転車は止まる。そこが下り坂ならばちょっとペダルを踏んでブレーキをギュッとすればいい。ちょっと進んでギュッ。ちょっと進んでギュッ。そこが上り坂ならば無理せず自転車を降りればいい。ハンドルを握って自転車を押すと、ペダルが足にぶつかって痛いじゃない。左手はハンドル、右手はサドルだって?そんなややこしい押し方をすれば、自転車は右にクルリと一回転。いつまで経っても進みやしない。俺は自分の身体に見合った坂の上り方を考え出す。押して駄目なら引いてみな。簡単なことだよ。俺は自転車の前に立ち、カゴを引っ張りながら後ろ向きに進んでいく。
この辺はやたらと坂道が多くていけないね。ようやく買ってもらった青い自転車。漕ぐ時間と同じくらい、押したり引いたりしなくてはならない。俺はようやく坂の頂上にたどり着く。見渡す限り曇天。でも、大丈夫。俺には緑のアンブレラがあるからね。
一昨日は雨だった。そこで俺は何度も練習をしたんだ。アンブレラを握ってアーケードを歩く。その先っぽは真っ直ぐ下に向けてね。周りの人にぶつからないようにね。そして、アーケードの終点にたどり着いたら柄の部分の黒いボタンを押せばいい。バサッと音を立てて緑の屋根が広がる。何度も図鑑で眺めたお気に入りの通勤電車と同じ色。鮮やかな緑のアンブレラ。そいつを掲げて雨の空へと踏み出していく。水溜まりを見つければ飛び込んだ。カタツムリを見つければしゃがみ込んだ。雨には雨の楽しみ方がある。
やぁ、曇天。
この辺では一番小高い坂の上、俺は自転車の脇に立っている。そして俺は待つ。辺りにたくさんの水たまりができる程の大きな雨を待っている。