第115期 #1
娼婦の娘はよだかと言う。安達よだか、苦労人の響きがある彼女は、まるで恥じなく不幸人の癖(へき)がある。制服に着られている小さな体も、言葉を失くした白い喉も、片方しか持っていない上靴も、あれは全部、母親がああなので仕様が無いのです。
僕は彼女が好きなのかもしれません、いや、しかし。
半透明みたいな彼女を一目見たくて、僕は足繁く図書室へ通っています。今日の図書室は、僕と安達の二人分の影しかないようで、なにやら心がざわめきました。出入り口付近の本棚に紛れて、僕は隙間からちらちらと、ひっきりなしに覗き見てはいつもと同じに彼女の読書を観察します。
彼女は今日も、宮沢賢治の「よだかの星」を空で言えるんじゃないかってくらいに随分と読み込んで、読み込んでから茜の図書室をするりと本棚まで歩いて行った。
僕はあくまでさり気なく彼女を尾行する、暫く、彼女が席に戻ったのを視認してから、ポケットをまさぐって栞を取り出した。カモミールの模様の、小さなその紙を僕はそっと「よだかの星」に滑り込ませる。
窓には一等星が張り付いていた。